戻ってきた永禮より、鈴の意見を聞いた萃香は、それに賛成した。
翌朝東が目覚めたら、再び使いを頼もうと考えていたものの、早いほうがいいだろうということで、永禮を使いに出すことになった。
「これは、この世界の今後を左右することなのですよ。それに、あちらの領主が監視している可能性も否めません。同じ者が顔を出さぬほうが良いでしょう」
萃香は、自分を省みず、萃香のために、果ては紅の国のために尽くす永禮が好ましかった。それは恋愛感情とは違うが、まるで自分の弟を見ているようで、胸が躍るのだ。
そして永禮は、萃香を甘やかしたりはしなかった。今まで萃香に仕えて来た者たちは、萃香の怒りを恐れ、甘やかす傾向が強かった。しかし永禮はそれを臆せ ず、真剣にしかりつけることも多い。それまで他人と真剣に向き合った経験のなかった萃香にとっては、とても新鮮な日々だった。
「それでは永禮、必ず羅威へ届けなさい。それが蒼の領主に伝わらぬように。お前なら、出来るわね?」
東のときには、そこまで気が回らなかった。もしかすれば、今は監視が厳しいかもしれない。けれど永禮であれば、どうにかしてくれると思った。
「萃香様の命とあれば」
萃香にしか見せないと言う、自信を感じさせる笑みを残して、永禮は下がっていった。
「羅威様。……どうやら、領主の手の者が監視をしているようです。こちらの動きを知られているかもしれません」
「あの男が来たときの様子も伝わっているか。否、あれは問題あるまい。もし問い詰められても、追い返しただけだと言えばよい。こちらは文すら渡していないからな」
羅威はそう口にしたものの、今後新たに使いが来る可能性は否めなかった。男鹿のことだ、戦に出ないと言うことに納得するはずがない。おそらく、直接参加はしないが指揮官としては控えたいと言うだろう。お互いに有能な指揮官を失うのは惜しい。
「こちらの息のかかった者を、奴らが通るであろう地点に配置しておけ。そうだな。侍女のほうがよいかも知れぬ。同族の中からお前が選べ」
「すぐに。おそらく、今日中に再び使いが来るでしょう―――あくまで勘ですが」
その後その男がすぐに侍女を数人送り、侍女は無事に文を受け取った。その文を最後に、両方の間で交渉が進められることはなく、戦へのカウントダウンが進んでいった。
「悪く思うなよ、領主。すべては民のためだ」
心の内に納めてきた怒りが、全て放たれる気がする。初めてみなければ結果は分からないが、おそらく蒼の国が勝つことはないだろう。
領主のために命を落としていった兵たちへ、せめてもの償いが出来る気がした。