鈴は、目の前に広がっている平和に、純粋に驚いていた。
あれから、萃香たちによって早急に話は進められた。おそらく元から蒼の領主を好ましく思っていなかったのだろう。羅威という蒼の国の指揮官は、約束をきちんと守った。
もとから戦力は紅の国のほうが格段に上であった。蒼の国の敗戦は免れなかったが、鈴の父はそれによって自惚れることもなく、蒼の領地へ税の変更などのお触れを出しただけで、とくに何もなかった。
そして今、目の前に広がっているのは、かつて敵国同士であった両国の人々がいっせいに騒ぎ、喜ぶ姿だった。
敗戦後、蒼の領主を初めとし、重臣などがいっせいに処分された。今は庶民と同じ生活を強いられている。これは今までにない処置だったが、これを望んだのは他でもない蒼の民たちだった。
羅威を通じて届けられた文には、紅の領主の寛大な処置への感謝と、それに敬意を表していない上への処罰を望む旨が記されていた。父は大変悩んでいた。今 まで、紅の国は敗戦国への処罰は行わないのが信条だった。領主だった者たちにはそれなりの対応をしていた。それは彼らが、民のために頑張ってきたことへの 感謝の表れだった。
「姫様、見て下さい。今までの争いが嘘のようですわ。これで、この世界も少しは平和になるでしょうか」
「そうね。そう願うばかりだわ。小国があらぬ野望を持たず、この平和が保たれることを……」
蒼の国も、もとはひとつの小国だった。近隣の小国を吸収し大国にのし上がろうとしたのだ。結局、目論みは失敗に終わったが、自分たちは大丈夫だと考える小国がないとは限らない。
「大丈夫よ。だって、私たちには彼らにないものがあるわ」
自慢げにそう言ったのは萃香だ。話し方が鈴と似ているので、部屋の中から外へ声をかけるときに、麗花でさえも聞き間違えることがある。
あれから萃香は男鹿と完全に縁を切ったという。といっても、それは絶縁を意味するわけではない。萃香なりに、男鹿との関係に区切りをつけたのだ。そのためか、鈴に会いに来ることも増えた。良き友人として、鈴は萃香を見るようになっていた。
「そうよね。私たちはこれからも、民のために動くだけ。その心はずっと受け継がれるのでしょう」
今までがそうであったように、全ては民のために、この国は動いていく。
人であろうと、なかろうと。ただ心を同じくする者たちが集まって、この国を作り上げてきたのだ。
「いつか、この国が真の意味で平和になりますように」
胸に手を当て、そう祈った鈴は、その後名前を呼んだ民たちへ、愛らしく微笑んだ。