純白の勾玉と漆黒の花嫁

第6章 前を向いて その5

「萃香様、東殿がお帰りです。あちらから、言伝があると言うお話ですが」
「早く中へお通ししなさい。あぁ、ご苦労だったわね、東」
 東を使いに出したのは、今から2日前の早朝だったから、2日で往復したことになる。相当の距離のはずだ。
 見てみると、年のせいか、少し疲れているようだった。彼は萃香たちとはひとまわり年齢が違う。長寿だとはいえ、短時間で長距離を行き来するのは疲れたのだろう。
「ああ。“その誘いにのってやる”、と。あと、紅の領主にも言伝を」
「何て?」
「勝敗が決まってからでよいだろう。それよりも、城へ伝えなくて良いのか」
 萃香は永禮を振り向いて頷いた。すると永禮は黙って下がっていき、廊下で駆ける音が聞こえる。自分に向かわせたほうが良いのでは、東がそう考えていると、萃香が立ち上がり背を向けた。
「いつもの部屋で休みなさい。疲れたのでしょう? 表情に出てるもの」
「……すまない。失礼する」
 過去にも何度か借りたことのある一室には、既に布団が用意されていた。太陽の良い香りが漂っている。吸血鬼でありながら、日の光の香りを好む東への配慮だろう。おそらく実際に手入れしているのは永禮だろうが。
 そのまま布団に潜り込むと、すぐに眠気が襲ってくる。東はそのまま意識を失った。



「―――永禮か。どうした? 萃香様に何かあったのか」
 永禮が城へつくと、そこには月秦がいた。おそらく、優礼と交代で城を警戒しているのだろう。好都合だった。
「戦に関して新しい情報が入った。すぐお伝えしたいのだが、お会いできるか」
「俺が案内する。月秦、お前は監視を続けろ。こっちだ」
 どこからともなく現れた優礼は、別段驚くこともなく、永禮を案内し始める。城へ入るとき、見張りの兵士が永禮を見て驚いていたが、優礼がその度に客だと言って納得させていた。
「男鹿様、失礼します。今、萃香様から使者が来ましたが」
「永禮か。入れ」
 男鹿がそういうと、優礼が襖を開けるより早く、内側から開けられた。黒髪が美しい鈴姫だった。
「わざわざご足労頂いてごめんなさい。どうぞ、お入り下さい」
「失礼します。……男鹿様、戦のことなのですが、今回の戦へのご参戦はご遠慮いただけませんか。このたびの戦、互いに人間のみで争うと、既に話が通っております」
 永禮は部屋に足を踏み入れてすぐ平伏し、告げた。
 男鹿は少し苛立ったように、その気が高ぶりはじめている。勝手に進められた話に納得が行かないのは仕方がない。だが永禮に何も怒らないのは、側に鈴姫がいるからだろう。
「あちらも、それで納得しているということですね? それなら、こちらも安心できるわ」
「何を言ってるんだ、鈴姫! あちらの言葉は信用できないだろう」
 鈴姫は目を丸くして驚いている。男鹿は怒ったままで、その姿を見ていた彼女は、笑っていた。
 男鹿が訝しげに彼女を見つめている。鈴姫はそんな男鹿を気にも留めず、好きなだけ笑った後、おっとりした動作で男鹿に声をかけた。彼女の目には一切の迷いは見られない。
「萃香様の情報なら、間違いはないでしょう? それに、人間同士の争いなら、こちらは負けはしません。だって、今までがそうでしたもの」
 鈴姫の言葉に、男鹿は反論が出来ないようだった。おっとりして大人しそうな風情だが、一度決めたことは曲げないようだ。男鹿は気まずそうに永禮から目線を離し、代わりに鈴姫がこちらを向きなおして微笑んだ。
「父にも私から伝えておきますわ。ただ、万が一のこともありますから、直接の参戦はしない、というだけでお願いできませんか? おたがいに有能な指揮官を失うのは痛いでしょうから」
 それでいいでしょう、という鈴姫の言葉に、男鹿は何も言い返さなかった。その後その場を辞すと、優礼に先導され月秦が監視する門まで行き、月秦に一声かけて帰り道を急いだ。

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