純白の勾玉と漆黒の花嫁

第5章 全てはこの胸に その3

 それから城へ無事に戻った鈴は、疲れからか、倒れるように眠ってしまったという。目覚めたらそこは城に設けられた鈴と男鹿の自室だった。
「昨晩はすまなかったね。萃香は大人げないところが多々あってね。それもあって情報を引き出しやすいのだろうが……」
「いえ。―――お疲れですか? 昨晩は眠れました?」
 少し疲れが溜まっているのだろう、その表情は幾分固く、辛そうだった。男鹿の過去は知らない鈴は、それ以上何も言えなかった。けれど、その過去を聞き出そうという気にもなれなかったのだ。
「いや……。残念ながら。でも大丈夫だよ。それに、この後に用事があってね。」
「少しでも寝てくださいな。体に毒ですよ」
 私が起こしますからと、鈴が床に入るように勧めても、男鹿は頷かなかった。
(とてもお疲れのようなのに、それでも……。)
 用事の具体的な内容の説明を避けているが、おそらくは昨夜の情報の件だろう。一刻を争う事態なのだ。父たちが起きて活動する時間に寝るわけにはいかないのだろう。
「外せない用事なんだ。今晩は必ず寝よう。行ってくる」
 男鹿は心配そうに見つめる鈴に背を向けた。鈴はそれ以上追求しなかった。男鹿は約束を破る男ではない。そして、他人に何を言われようと、自分の意思を曲げることはない。
 去っていく男鹿を見届けながら、鈴は男鹿が帰ってきてすぐに眠れるよう、自分のやるべきことを終わらせようと考えていた。

「―――良いのですか、萃香様。男鹿様を咎めないままで。このままでは、調子に乗るだけですよ」
 永禮は男だが、萃香の身の回りの世話は全てしている。湯に入るときや着替えにも手を貸している。何も感じないのかといえば嘘になるが、永禮にとっては萃香は姉のような存在でしかなかった。
 乾いたばかりの萃香の髪を丁寧に梳かしながら、永禮は問いかけた。永禮は従者だが、思ったことは何でも言う。萃香はそれを咎めることはない。
「永禮、お前は心が狭いわね。人の一生などあっという間ではないの? それくらい許してあげましょう。彼女は吸血鬼ではないのだから。それよりも……。」
 振り向いて首に手を回す彼女に、永禮は逆らわなかった。首筋に感じる痛みにはもう慣れている。萃香と永禮は、お互いに血を分け合って暮らしていた。しかし、それはあくまでも主人と従者としてであると、永禮は信じている。
「―――もう寝ましょう。起きたらお前にも血を分けてあげるわ。お前の怒りはわかるけれど、彼の気持ちはわかる……。彼だって我慢はしているでしょう?  私が彼の側にいないのは私の意思。お前を側に置いているのも私の意志。私の意思を尊重してくれているんだもの。私は、それだけで十分よ?」
 萃香はいつもどおりの笑顔だった。
(そういえば、男鹿様には従者が2人いたな。3人を1人で養うのには限界があるのかもしれない)
 永禮と萃香であっても、時折飢えるときがある。お互いに同じ日に食事をすると意味がないので、大抵萃香が食事した翌朝、永禮が食事をする。萃香には頻繁な食事は不要だが、永禮にとっては必要不可欠だった。
「萃香様がそうおっしゃるなら、それで構いません」
 永禮は萃香の手を取り、部屋へと導いた。

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