純白の勾玉と漆黒の花嫁

第5章 全てはこの胸に その1

 男鹿は、今夜は長引くかもしれないから、出発する日没までは休んでおくよう、鈴に促した。言われるまま、鈴は床に入って眠りについた。
「―――姫様、お時間ですよ」
 麗花が側に寄ってきて声をかけたのは、すっかり日が沈んだ夜だった。麗花によると、その人物はあまり昼間が好きでないので、話を聞きに行く時は夜でなけ ればならないのだという。しかし、夜に車を出すわけにはいかない。麗花に尋ねると、歩いていける距離であるから問題はないという。月秦や優礼が護衛に回る し、男鹿の他に麗花も側にいるので、大丈夫だろうという話だった。
「―――暗いから少し怖いかもしれないが、すぐそこだから我慢してくれ」
「いえ、大丈夫です。よろしいのですか? 一緒に伺っても……」
 男鹿たちと知り合いであるからといって、会ったこともない鈴が共に訪ねていいものだろうか。今回の訪問は突然のはずである。
「大丈夫だろう。情報通なんだ、もう来ることも知っているだろうしね」
「なるほど……。一体どこから仕入れるんでしょう?」
 男鹿は苦笑するだけだった。困った質問だったようだ。鈴は思わず苦笑を返すと、何気なく正面をむいた。
 城の裏手の林の中、そこにあったのは、冴えない小屋だった。小屋といっても、作りは頑丈なようだが、とても誰かが暮らしているとは思えない。
「―――あの、こちらが?」
「冴えない小屋だけど、ここは入口に過ぎないんだ。中は広いよ」
 目の前にあるのは、どうみてもただの小屋である。
「いらっしゃいませ、男鹿殿。そちらが鈴姫ですね。お待ちしておりました」
 小屋から颯爽と現れたのは、小奇麗な格好をした若い男だった。
 これがここの主かと、鈴は一瞬迷ったが、すぐその人物がそうでないことを悟った。
「永禮ながれ、早く中へご案内しなさい。今宵の林は少々気温が低いわ」
 中から聞こえてきたのは、若い女性の凛々しい声である。その声を聞くと、永禮は鈴たちを招き入れた。
 足を一歩踏み入れた、その先にあったのは、小さな小屋よりもはるかに広く、そして男鹿や紅の国の城よりはるかに豪華な屋敷の内装だった。
「お初にお目にかかりますわ、鈴姫。わたくし、この国の白部しらべを務めております、萃香すいかと申します」
「こちらこそ、突然お伺いして申し訳ございません。……失礼ですが、白部とはどのような……」
 話の流れから推測すれば、何かの職なのだろうが、鈴は聞いたことがなかった。
「白部、というのは情報屋の名称なんですの。昔に、ヴァンパイアの情報屋が集まって独自の集合体を作り、各国に設置したのがこの職です。現在はこの地のあらゆる国へ散らばって、情報交換をしておりますの。―――たった一国、蒼の国を除けば」
 鈴はその時、なぜ蒼の国が紅の国を必死で攻めようとしているのか、理解できた気がした。

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