「―――そうだな。それしかあるまい。……だが、人間が役に立つものかね。相手は人ではないのでしょう?」
一瞬鈴は、それを嫌味と捉え、咎めようとした。けれど継正の顔を見て、これは本心なのだと悟る。その顔は今まで見たことのないほど真剣で、嫌味を言っているようには見えなかったからだ。
継正がなにより危惧しているのはそこなのだろう。民のためであれば、何であってもする覚悟はあるが、果たしてどこまで自分たちが役に立つのか、それが気がかりだったのだ。
「……問題はないでしょう。あちらとて、支持するのは同類でも動くのは人です。そんなに大勢の同類がいるとは思えません。とくにあの者の場合は」
「それなら、問題はないでしょうな。いつ仕掛けてくるかはわかりますか?」
二人の会話はどんどん進んでいく。鈴は何も言うことができなかった。いくら民の無事を祈っても、それを実現させることは、鈴にはできないのだ。
(私は、何もできないもの……。)
けれどここで自分が拗ねていても仕方がない。精一杯、自分に出来ることを探そうと、鈴がその場を辞そうとしたとき、男鹿がこちらを向いた。
「とりあえず、あの方に会ってきましょう。話はそれからです。……この手の情報は、あの方に尋ねるのが早いですから」
男鹿はそう言って、鈴を促した。「それでは失礼」と一言言うと、継正が返事をする前に、その場を辞してしまった。
鈴が思わず「大丈夫ですか」と声をかけると、男鹿は何も言わずに、苦笑していた。
「……あの方とは、どなたでしょう?」
「情報通、とでも言うべきかな。僕はあまり他の者たちと交流がないんだ。だから、この国に住む者に尋ねに行くんだよ。といっても、僕らと違って彼女は昼は苦手だから、夜になるけど」
この国に、男鹿の仲間――ーと言うべきだろうか―――が住んでいるのだ。この事実は鈴どころか、重臣にも知らされていないのかもしれない。知っていれば、必然的に反感を招きかねないだろう。
「そういえば……男鹿さま、陽の光は平気なのですか?」
「僕は比較的平気かな。人の間では苦手だという噂もあるけれど、これには個人差もあるし、慣れれば大丈夫なんだ。でも、夜に比べれば、能力はだいぶ下がるから、あまり下位の者は陽の光を好まないね」
やはり人の噂は信用ならない。噂は間違えとは言えないが、真実ではないのだ。
(……男鹿さまは、吸血鬼なのよね。最近はお食事されないから、忘れかけていたわ。)
そもそも、昼間に起きていることにすら、疑問を感じなかったのだから、慣れというのは怖いものだ。これが男鹿のように優しい相手でなければ、今頃自分はどうなっていたかわからない。もう少し警戒心を持ったほうが良い。
「君は強いね。僕らの矛盾点について尋ねることなく、僕らを信じている」
「気が付いていないだけ、でもあります。でも、そこまで気を回す必要がないということです」
鈴は男鹿に向かって微笑むと、近寄って来た麗花に声をかけ、与えられた部屋へ急いでいった。