「――そろそろ参られると思いますわ、姫様」
鈴たちはこのまま待てばいいと止める正妻の承諾を得てから、城に着くであろう頃合を見計らって、門の前で兵たちを待っていた。
「……お優しい方なのですね、奥方様は」
一度、遠くを見て誰の姿もないのを確認しながら、麗花が微笑んだ。その笑顔は穏やかなもので、ただの労いではなく、心からの言葉であることが伺えた。
麗花には、打ち解けてからというもの、父や母のこと、そして正妻のことも話していた。あまり家族の話をするのは良くないと言われているのは承知していた が、ずっと一人で背負ってきたからか、一度話をすると、随分と気が楽になった。それから、麗花には何かと相談するようにしている。
「そうね。……お互いに意地の張り合いをしていただけなのかもしれないわ。わたくしも、奥方様と文を交わそうとすら考えていなかったから」
麗花は嬉しそうな表情をしている。まるで我が子の成功を喜ぶ母のような表情に、鈴は苦笑を返していた。
「―――あ、お帰りですね。見てください。先頭にいらっしゃるのが、男鹿様とご領主様ですわ」
麗花が遠くを見渡して、そう告げた。鈴が確認すると、多くの軍勢が帰ってくる様子が知れた。けれどそのままでは、それが誰なのかはわからなかった。
「すぐに見えますよ。馬に乗っていますから」
気ばかりが焦り落ち着かない様子の鈴を、麗花が慰める。その言葉の通り、軍勢はあっという間に近づいてきた。
「―――どうしたのだ、鈴? 何かあったのか?」
到着早々、継正が馬上より声をかける。門の前で出迎えられるとは思っていなかったのだろう。何かあったのではないかと気が気でないようだ。
「……いえ、ご無事のようだと麗花が申したので、お待ちしようと。お父様、膳の準備が住んでいますよ。……男鹿様?」
鈴が継正に説明をしているうち、男鹿の様子がおかしいことに気づいた。鈴は固まったままの男鹿を見上げ、声をかけるが、それでも反応がない。
「膳の用意か、それではもう勝利も分かっておったのだな。便利な能力でよい。後でお前たちに褒美を取らせよう」
「それでしたら、奥方様へ。手配をされたのは奥方様ですから。―――お先にどうぞ」
鈴は継正に道を譲り、その後を兵たちが続いていく。しかし、それでも男鹿は動かなかった。
「男鹿様。なにかお有りだったのですね? お帰りも、かなり早かったようですが」
麗花が放った言葉で、男鹿は初めて鈴たちに気づいたようだ。ずっと黙々と馬を走らせていたのだろう、一瞬辺りを見渡すと、安堵の息を付いた。
「羅威があちら側についている。今回の勝利は、なにか探るためにわざと退いたのだろう。ここは危なくなるかもしれない」
血の気が引いた。母国の勝利が危機を呼んでいる。
鈴はそこからしばらく動くことができなかった。