純白の勾玉と漆黒の花嫁

第3章 守るべきもの その7

「お前が噂の化け物か……覚悟ッ!」
 男鹿はただ無心に、目の前に立ちはだかる敵を倒していった。ただ、血で汚れるのは好かないので、すべて投げ飛ばしている。もちろん、倒すのは容易いだろ うし、こんな生ぬるい方法では後に返り討ちにあいかねないが、それでも鎧を身につけた状態で勢いよく飛ばされれば、落ちる衝撃は強いだろう。骨の何本かは 折れるだろうし、しばらく使い物にはなるまい。冷静に判断すると、剣を柄にしまったまま、飛びかかってくる輩を全力て飛ばす。最初は馬に乗っていたが、馬 に乗った状態では投げられないので、一刻ほど前に馬は逃が した。もともと気性の弱い馬のようで、手綱を話すと一目散に逃げてしまったというのが実際のところであるのだが、男鹿はそれを逃がしたと解釈している。
 目の前に剣を構え、振りかざす男の攻撃をさらりと避けると、隙をついて男を担ぎ上げて投げる。人からしてみれば、尋常ではない力であろう。重い鎧を着た体格の良い男たちを投げ飛ばすのは人間には不可能に近いことである。
 だが男鹿はそんなことは気にもとめず、着々と前へ進んでいった。
「……騒がしいな。あそこが本拠地か」
 男鹿があまりの速さで前へと突き進んだため、いつの間にか奥の相手の本拠地までたどり着いたらしい。男鹿はそこで初めて剣を手にした。
「――――久しぶりだな、男鹿」
 ゆっくりと気配を消して本拠地に近づいていると、本拠地の奥から声が響く。布で隠されているため、姿は見えないが、その声には聞き覚えがあった。
「……羅威か。お前、なぜここに……まさかお前が例の……」
 すると目の前の布が撤去され、羅威の姿が現れる。羅威は薄笑いを浮かべながら、さぞ愉快そうにおガを見つめている。
「ご名答。この度の戦の指揮全般を担っている。蒼の国も人手不足でな。小遣い稼ぎをさせてもらっているよ。お前はまだ紅の国に執着しているのか? 飽きない奴だ」
「こちらも信用がかかっているのでね。特に今機嫌を損ねると、城で待つ姫や麗花に影響しかねない。悪いが退いてもらおうか」
 男鹿がそう言うと、羅威は声を出して笑った。思わず羅威を睨みつけた男鹿に、羅威は不気味な笑みをその顔に浮かべながら告げる。
「それはこちらのセリフだよ、男鹿。周りをよく見るがいい。すでにお前は我らが手中だ」
 先程から妙な気配を感じていた男鹿は、面倒なことになったと思いながら、冷静に剣を柄にしまった。その男鹿の様子を見て、羅威は眉をひそめる。
「なんのつもりだ。」
「お前は手ぬるいな。我がたった一人で戦っていると思ってるのか?」
 羅威は驚いて、辺りを見回す。そばに控える、おそらく人間であろう従者たちまでも、動揺し周囲を見回していた。
 男鹿はその隙を見逃さなかった。再び剣を構えると、羅威の目の前まで駆け抜け、その首をはねようとして、直前で止めた。
「……相変わらず、馬鹿だな。優礼も月秦もまだ追いついていないことくらい、気配で分かるだろうに。」
「お前こそ、相変わらず嘘が上手い。……今回は退いてやろう。―――おい、お前ら! 撤退だ、退くぞ! 早くしろ!」
 男鹿はその場で、敵たちが訝しそうに、そして憎たらしい目で見つめる中、彼らが去るのを見届けていたのだった。
「なんのつもりだ、羅威。わざと隙を見せるとは……」
男鹿は何故か戻ってきた馬に跨ると、来た道を戻っていった。

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