純白の勾玉と漆黒の花嫁

第3章 守るべきもの その6

「殿、なぜあのような男を信用するのですか」
 男鹿が本陣から従者と共に飛び出していくと、後ろで控えていた側近のうちのひとりが控えめに尋ねてくる。普段つけている側近は、早く言えば老人と少年である。そして少年の方はまだ若いため、よく継正に意見を言う。継正も悪くは思ってないので問題はなかった。
 納得がいかない様子で、口調こそ穏やかなものの、その表情は険しさを隠せていなかった。
「信用などしておらぬ。使えるものは使うまで。あの男は伊達に長生きしておるわけではないしな」
 継正は男を振り向かず、男鹿たちの駆けて行った方向を見据えていた。
「殿。ではなぜ、姫君に守りをつけてこられなかったのですか」
 継正は鈴に特別に守りをつけなかった。
 本来、この国の姫であった彼女には守りをつけるのが通例である。それは忍と呼ばれる者が多く、多くは対象者にすら気づかれないように監視している。
 忍のひとりすら、継正はつけてこなかったのである。
「志津を呼んだであろう」
 志津はただの侍女ではない。もちろん忍ほどの能力はないが、短刀程度なら上手に扱えるし、護身法も覚えている。その上、軽い毒には耐性があるので毒味役も兼ねることもできる。
「たしかにあの侍女はもしもの時には盾になるように育てられたと聞きます。ですがあの侍女だけでは不十分です」
 男は臆すことなく淡々と言う。
 確かに彼女だけでは不十分だろう。継正もそれは同意見である。しかし彼女には男鹿が信用する守護役がいるのだ。
「そんなことはない。それに他にもいるだろう」
「……しかしあの男がつれてきた娘です。あの娘を、あの男を信用していらっしゃるのですか」
 男がそこまでいって、継正は己の言動を初めて後悔した。
 継正は男鹿を信用していないわけではなかった。もちろん今までの言動をみれば家臣が信用できないのも致し方ないが、鈴が彼を信じ、彼の仲間を信じている姿を目の当たりにして、彼は信用できない男ではないと感じたのだ。
 しかし根本的に彼を好ましく思っていない年若の側近にどう返すべきなのだろうか。継正が困り果てていると、もう一方の彼より老いている側近が、年若の側近に声をかける。
「殿を困らせるでない。お前は姫様を見て気づかなかったのか」
 年若の男は眉を寄せて、考えるような仕草をする。 けれど答えは出なかったようで、眉を寄せた表情のまま問い返す。
「何にです」
 すると彼より老いている側近は、顔を綻ばせながら、嬉しそうな顔をしている。
「姫様はたいそうお幸せそうにしておられたではないか」
その側近の言葉に、継正は笑顔を返していた。

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