「お願いしますよ。あちらはこの度の戦に勝つために、傭兵を大量に雇ったそうです。だがこちらも負けるわけにはいかない。あなたが頼りなのですよ」
「分かっていますよ、ご領主。鈴の故郷を焼野原にさせるわけにはいきませんからね」
牽制のつもりで、笑みをその顔に残しながら男鹿が言うと、継正は顔をわずかに歪ませた。だがすぐにその顔から表情は消え、目の前の戦いに集中し始める。
「―――情報によれば、あちらにも怪しいものがいるようです。あなたのように、不死身の人間が。何度斬られても生き返ることで有名なようですよ。お仲間ですか?」
継正は男鹿を根から信用していない。裏切ったらただではすまない、そんなことを言いたいのか。こちらを睨んでいる目は見ずに、男鹿は答える。
「私にそんな仲間はおりませんがね。同族が金稼ぎでもしているのでしょう。そのうち姿を消しますよ。…噂が広まりすぎる前に」
さて、仕事に入らせていただきましょうか―――そう言い残して、男鹿は馬を走らせた。
手に握られているのは剣。今まで生きてきた中で、戦は何度も経験してきた。どれも暇つぶしで参戦したものではあったが、実力をつけるには十分であった。
紅の国に執着があるわけではない。今までこの国とつながりを保ってきたのは、比較的安泰であったからである。けれど今は違う。大切なひとの為に、戦わなければならない。故郷や、その民が苦しむ姿を見るのは、鈴も嫌だろう。
「……できるだけ、血で汚れるわけにはいかないな」
「主がそんなこと仰るなんて、珍しいですね。そこまで大切ですか、姫君が?」
いつの間にか側に控えていたのは、優礼である。彼は徒歩でこちらに追い付いている。吸血鬼の脚力をもってすれば珍しくはないが、周りの目がある。だが男鹿はあえてそこは指摘せずに答えた。
「……ああ、大切だ。だからこそわざわざお前たちまで連れて救援に来たのだ。役に立てよ。そして――――」
そこで言葉を切り、男鹿ははっきり告げる。
優礼は足を止めずについてきている。辛くなれば敵から頂戴するだろう。
「傷は一切作るな。回復が遅れてみっともない姿で帰るような羽目になったら、置いて行くからな。治るまで帰ってくるなよ」
優礼は苦笑してうなずいた。月秦には言うまでもないだろう。
優礼は男鹿に一礼して先に行く。男鹿は目の前を見据えながら、どうやって敵を倒そうか考えていた。
帰るときは、無傷でなければならない。鈴のために。