純白の勾玉と漆黒の花嫁

第1章 絶望の果てに その7

「お聞きしていいですか…?」
「何だい?」
 鈴が慎重に問うと、男鹿は気さくに聞き返す。鈴がここの城に来てから繰り返される行動にお互いが慣れ始めていた。男鹿は基本的には何でも教えてくれるし、男鹿がどうしても教えられないことを鈴が尋ねることはなかった。
「なぜあんなに部屋があるんですか」
 先程まではすぐに返されていた答えはなく、そして暫く沈黙が続いたあと、一言だけ言った。
「……昔はあれだけの純血がいたんだよ」
「昔は?」
 その質問には答えなかった。これもまた、聞いてはいけない質問だったようだ。鈴は気まずさを覚え、思わず男鹿を見ると、男鹿は気難しい表情のまま固まっていた。
「……」
 案の定、男鹿は何も言葉を発しない。鈴は思わず謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめんなさい、私……」
 動きもしない男鹿がどこか怖く感じ、身体が小刻みに震えはじめる。
 どれだけ震えを落ち着かせようとしても、それは収まらなかった。
「君は悪くないよ」
 震えはじめた鈴を慰めるように、男鹿が抱き締めてくる。先ほどの硬い表情は消え、いつも鈴に向けているような優しげなそれに代わっている。
「男鹿、様」
 抱き締める男鹿の腕の力は、強いはずなのに優しく感じた。隙間風が心地よい。このまま男鹿の腕の中で眠ってしまいそうなほど、彼の腕の中が心地よかった。
「――今はこのまま……」
「はい」
 そこからしばらく、男鹿の気が済むまで、鈴は男鹿に寄り添っていた。





「…月秦、分かったね? 次はないと思いなさい」
 鈴を落ち着かせて部屋に送ったあと、自室に戻り再び二人を呼び出した男鹿は、やってきた彼らに言い聞かせた。子供ではないのだから気づいて欲しいものだが、元々人にあまり良い印象を持たない二人のことだから仕方がないともいえなくはない。
 とくに月秦は危ない。忠告する必要があるだろう。
「あんな女、何故生かすのですか」
「月秦!」
 慰めても効果はない。
 仕方のないことだった。彼女は言ってはいけないことを言ってしまったのだ。
 しかしだからと言って、彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。男鹿にとって鈴はもう、ただの生贄とは思えない存在になりつつあった。
そのとき、男鹿はただ黙って自分の言葉を聞いている優礼の様子が気になった。いつもなら月秦と共に、自分を咎めていただろう。
「貴方を化け物扱いしたんですよ! 今も心のどこかで化け物だと思ってるに違いありません! なぜそんな娘を…」
「月秦、いい加減にしろ」
 そう言ったのは男鹿ではない。そう一言で圧倒し、優礼は必死に男鹿を説得せんとする月秦を男鹿から離した。
「優礼?」
 珍しく優礼は怒りをあらわにしていたが、何も口には出さなかった。その様子に男鹿は首を傾げたが、優礼は口を閉ざし、そして考えてからこう言った。
「…姫は間違っていないさ。人間から見れば僕らは化け物だ」
 男鹿が開き直って言うと、月奏は再び発狂した。
 こうやって男鹿や優礼が鈴の味方すればするほど、彼は鈴を目の敵にするだろう。鈴には申し訳ないが、普段冷静な彼が起こっている姿を見るのも楽しい。
 それに何を言っても、月秦は男鹿には逆らわない。彼の意思に逆らうようなことはしないのだ。
「男鹿様…!」
「……主、アノ件は」
 優礼が思い出したようにたずねると、男鹿はすこし訝しげに眉をひそめた。
「もう少し様子を見るよ。彼女の本心を知りたい」
「分かりました」
 そして優礼と月秦は去っていく。
 実際は、月秦は半ば無理やり優礼にひきずられて去らざるを得なかったのだが。

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