純白の勾玉と漆黒の花嫁

第1章 絶望の果てに その4

 内装はいたって落ち着いている。鈴はここへ来る前に少々紅の城へ立ち寄った程度で、あまり城の内装に詳しいわけではない。だがここは、紅の城よりも落ち着いた風情がある。
「……その先を真っ直ぐ行った先」
 月秦は鈴の前には立たず、先を歩かせた。しばらく経つと、長い廊下が見えてくる。彼の表情は男鹿と別れてからずっと、冷酷に刀を突きつけたときのそれのままだった。おそらくは不機嫌なのだろう。鈴にそう言い放つと、無言で姿を消した。
 しかし鈴は彼が姿を消したことに気づかなかった。すでにいない背後へ言葉をかける。
「どこの部屋かしら? いくつもあるけれど」
 返事がないのを不審に思い、振り向くと、その姿はない。そこでやっと月秦がいないことに気づき、その行動に鈴が呟いた。
(…無責任な…)
 しかしこのまま立っているのも気が引けて、部屋を探して奥へと進んでいく。この先かと、曲がり角に達したときだった。 何かが擦れる音が聞こえる。そして直後、上から降ってきたのは――まるで忍のような装いをした、先ほどのもう片方の男―――優礼だった。
「ここで何をしているのですか、姫君」
 どこか表情暗く、そして突然姿を現れた優礼は、鈴とその先の間で立ちはだかるように立っている。
 突然の出来事に状況が読み取れず、鈴が呆然としていると、優礼は呆れながら言った。 その顔はどこか呆れているようで、けれど口調は畏まったものだ。
「部屋で大人しくしていてくださいよ。この先は立入禁止です、貴女の命の保証ができなくなりますよ?」
 心底面倒くさそうである。その目はどこかこちらを睨んでいるようでもあった。
「だって、部屋がどこだかわからないんだもの」
 すると鈴の言葉に優礼は眉を潜めている。 そして周囲を見渡し、月秦の姿が無いことにやっと気づいて、鈴に尋ねてきた。
「月秦が案内をしませんでしたか?」
 その質問に、鈴は笑顔で対応する。我ながら恐ろしい笑顔なのだろうと心の内で苦笑していた。
「してくれたわ。その先を真っ直ぐ行った先の部屋、とね」
 優礼は、舌打ちしながらも、呟きともいえる言葉を言っている。
「あの馬鹿…一体いくつ部屋があると……とにかく、今後は二度とここに近づかないようにしてくださいね。許可なく部屋を出ると迷子になりますよ」
 見渡す限り部屋である。一つ一つの部屋は襖で仕切られており、廊下とは障子で遮られてはいるが、その部屋自体が広い。鈴はずっと別荘暮らしで、その別荘も広い屋敷ではなかったので、なおさら広く感じていた。これでは本当に迷子になってしまうだろう。
「……大人しくしてるわ」
 迷子になって変な場所に入り込めば、ただでは済まないこともあるようなこの城で、出歩きたいと思うことができる者はまずいないだろう。
「こちらです、姫君。後で前の柱にでも分かりやすいように印でもつけておきますよ」
 月秦とは違う親切な態度に、鈴は思わず言った。
「…ありがとう」
 優礼は照れているのか、ただの仕事だとはらをくくっているのか、顔を背けたまま男鹿や月秦のように姿を消した。

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