純白の勾玉と漆黒の花嫁

第6章 前を向いて その2

 萃香は長らく墨を磨りながら、どう書けば思い通りに事が進むだろうかと考えていた。正直に書いたところで、敵対するあの男が従ってくれるはずがない。どうすれば彼らの動きを、止めることが出来るだろうか。
(止める? ……別に、止めるのはあの男たちだけで十分よね)
 人間同士で争うならば、あちらに勝ち目はない。そう思い直すと、頭の中にひとつの構図が浮かんでくる。これはよい。この方法ならば、人間同士の争いに戻すことが出来るかもしれない。
 萃香は筆を滑らせ、文をしたためた。あの男がいつもどおりに動くなら、これでうまくいくはずだ。他人に仕えることに慣れていない彼であれば、この誘いに喜んでのるだろう。
「―――永禮、これを彼に。くれぐれも本人に届けるように伝えてちょうだいね」
「かしこまりました。萃香様、紅の城へは伝えなくて良いのですか」
「成功するか分からないものを、伝えるべきでないでしょう。どのみち争いは免れないわ」
 永禮は黙って頭を下げ、文を片手に下がっていく。これで、萃香の狙いが伝わっただろうか。頭の良い彼であれば、もうおおよその予測はついているかもしれない。
(話が分かって助かるわ。……彼ほど素直に下がってくれるものはいないもの)
 自分が理解できないことを尋ねないといられない、そんな従者にしか恵まれず、対応に困っていたときにやってきたのが彼だった。彼に永禮という名を――― 本名を嫌がったので―――与え、仕えるようになってからは、特別に説明せずとも理解してくれるので、面倒がなく助かっている。
(私の中で永禮が大きくなっているのは、否定できない事実よね)
 かつて男鹿と共に暮らしていたころ、萃香の心には男鹿が常にいた。けれど、萃香に従者がついてから、彼の存在が大きくなくなってしまった。彼にそれを指 摘されて以来、萃香は男鹿の城を訪れていない。男鹿は紅の城へ来る際、時折姿を見せに来るようだが、萃香にはその姿を見せなかった。永禮に何か伝えると、 すぐに帰ってしまうようだ。
「萃香様、彼から伝言です。必ず届ける、だから―――」
「そこまでで結構よ。くだらない戯言に付き合う暇はないわ。……私には、男鹿がいるのよ」
 よく萃香に情報を持ってくる男は、長らく妻を持っていない。ずいぶん前に妻を亡くし、それから仕事一筋になってしまった。怖いもの知らずなのか知らない が、仮にも萃香には男鹿がいる。知っているはずなのに、何度も声をかけてくるのは、怖いもの知らずなのか、命が惜しくないのか。
「彼は彼なりに、萃香様に気を使っているんですよ」
 いつもは見せない笑顔を表情に浮かべながら、永禮は下がっていった。

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