「―――準備は整ったのだな、羅威(らい)? 今度こそ失敗は許さん。白部と山の獲得は、我が国の今後に関わるのだぞ」
「もちろんですよ、ご領主。彼らへの対策は済んでおります。あとはあなた方が私の指示通りに動くだけです。全てはあなた方次第です」
蒼の国の城、その中でも一番上の階にある、城主と側近、重臣だけが立ち入ることを許される広間に、羅威は居た。目の前にいる男を睨み付けている。蒼の国 の領主でありながら、この男は自分で指揮をとった事がない。この男が領主となってから、これまでに他国と幾度も戦をしたが、一度も自分は戦に出なかった。 この男だけではない。この国で重役にあてられている男たちの誰しも、戦に出ることは少なかった。その度に羅威は仲間を集め、埋め合わせをした。
(指揮官はおろか、側近すら戦に出ないなど……金さえ積まれなければ、絶対に手助けなどしないものを。まあよい、そのうち金も尽きるだろう)
金が尽きたその時は、心底笑ってこの国を去ってやろう。羅威にはこの国に、こだわりなどなかった。ただ金を積まれ、雇われているだけだ。人の世で暮らすためには、金は必要なものとなる。人の世が嫌いでない羅威は、人の世でうまく暮らしていくために金を必要としていた。
領主からせしめた金のほとんどは、羅威がこれまでお世話になった人や村や小国への援助に使っている。無駄なほど金を持っている者に仕え、金を集めては、彼らへ援助するのが、羅威の楽しみだった。
彼らは、羅威について何も言及しなかった。援助されてるからなのか、羅威の変わらぬ姿を見て気味悪がることもない。それだけのことが羅威にとっては喜ばしかった。
「何を言う? 戦に出るのは庶民とお前の友人たちだろう」
「その口が叩けるのも今のうちですよ。どうせもう、積む金もないのでしょう。庶民から金を奪うものだから、この国は衰退するのです」
「お前に指図される謂れはない! とっとと出発するのだ。そして紅の国を手に入れて来い! それだけの金を、お前には渡しているはずだ!」
羅威は黙って微笑むと、その場を辞した。
この戦が終わったら、結果がどうであれ、この領主の元から去ろう。
この男には、もう面白みも金もない。最初はもっと良心的な領主かと思い協力していた。戦に出ないのも、調子が悪いのだという領主の言葉を信じていた。そ の頃は側近や重臣は戦に出ていたので、気づかなかったのだ。けれど、それが偽りだと気づいてから、ずっとこの場を去れずにいた。
(このままこの国の民を、この男たちのために失わせてしまうのは惜しい。何か、良い手がないだろうか)
もし、男鹿と和解できたなら、今にでもしてやりたい。けれど、ずっと疎遠になってきた相手に、敵対してきたような相手に、信じてもらえるはずもない。
「―――あの男が居る限り、我々は勝てまい。潔く負けてしまえばいい」
そうすれば、きっとこの胸の重みから開放されるのだろうか。
そして蒼の民も、紅の民のように、のびのびと暮らすことができるのだろうか。