「ああ男鹿様、よくいらっしゃいました。お手を煩わせて申し訳ありません」
城に着くと、そこには鈴の父が待ち受けていた。男鹿は鈴が見えないように車を降りた。
鈴も共に降りようとしたが、麗花に止められ、そして男鹿も目配せしてきたので、仕方なく車の中から父親の声を聞いていた。
「おや、まだどなたかいらっしゃるのですか。いつもの従者殿は先にお待ちですが、ほかにも?」
車の中の気配に気づいたのだろう、鈴の父は少し警戒しながら男鹿に問いかける。
男鹿はこちらを振り向いて、鈴と麗花に向かってこう言った。
「鈴、おいで。麗花、手助けしなさい」
鈴―――――その言葉に鈴の父は敏感に反応した。そして、動揺を隠さずに言葉を漏らす。
麗花が先に車を降り、鈴が麗花の手を借りて下りてくると、表情はさらに険しくなった。
「なぜ鈴が……」
唖然としている鈴の父に向って、微笑みながら言った。
「城に二人だけ残すのはいささか不安なものですから。麗花は優秀ですが、やはり女性です。守り手は多いほうがよいでしょう。…この国には人が多いですからね。そうでしょう、継正殿?」
男鹿の言葉に麗花の父、継正は歯を食いしばっている。やはり、ろくなことを考えていなかったのだろう。
継正は男鹿の言葉を適当に受け流すと、鈴と麗花は客間へ、男鹿と先に着いていた優礼、月秦は広間へ案内していた。
「麗花、くれぐれも頼むぞ」
戦を前にして、男鹿の表情は険しいものになっていた。
口調はいつもと違い、優しさの見えないもので、鈴の知っている男鹿とは少し違う人のように感じられた。
麗花はそんなおがを真剣なまなざしで見つめている。
「どうか、ご無事で……」
そんなつぶやきが聞こえたのは、おそらく鈴だけではなかったのだろう。
「男鹿様、大丈夫なのですか、麗花に姫君を託して…」
月秦はすっかり鈴を認め、飼い猫かと嫌味を言いたいくらい懐いていた。
―――大人の男に向って、懐くという表現はよくないかもしれないが、猫が飼い主になつくように、月秦は鈴に懐いていたのだ。
もちろん男鹿への忠誠心は変わらないし、男鹿の命令に逆らったりはしていない。だが男鹿以上に鈴の身の上を案じているのは確かである。
男鹿が鈴を守ろうと思っているように、男鹿の従者として主が大切に想う鈴を守ろうとしているのかもしれない。
「麗花はもう大丈夫だ。心配はいらない」
「……男鹿様がそう仰るのであれば、わたしは従います」
納得しない表情のまま、月秦はそれだけ言うと口を閉ざした。
それから拗ねたように一言も話さなかった月秦は、戦前の会議の最中も口を開くことはなかった。