純白の勾玉と漆黒の花嫁

第3章 守るべきもの その2

「―――姫様、姫様。」
 鈴はいつのまにか眠りについていた。二人の言葉に安心したのかもしれない。
 麗花は城に着く前に起こそうと、声をかけるが反応がない。
 (ずっとご心配なさっていたから、あまり眠れていらっしゃらなかったのかしら。でも、もう着くし)
 麗花は鈴の肩をやさしく叩き、再び声をかける。
 その時、鈴の首に掛けられているものが気になった。
 男鹿は鈴のそばで目を閉じている。深い眠りではないだろう。城に着くまでに自力で起きるに違いない。
 鈴の首筋に光る、純白の勾玉――――男鹿の居城にしかけられた無数のトラップから身を守る唯一の手段であるそれは、鈴の首筋で微かな輝きを放っている。
 それはかつて麗花が求め、得ることのできなかったモノを、鈴が持っている証拠だった。
 麗花は無償にそれごと彼女を消し去りたい衝動に駆られ―――次の瞬間、男鹿の言葉で目が覚めた。
「冷静になれ、麗花。……お前が求めるべきなのは俺じゃない。」
 それは鈴の前では決して見せることのない、男鹿の別の姿だった。
 姿かたちが変わったわけではない。戦いを前にして、男鹿の心は切り替わっている。
 優しさに満ち溢れた不器用な男から、冷酷な麗人のそれへと。
 生き抜くために今まで同種と戦ってきたであろう男鹿の、麗花にとって見たくない一面である。
「私は……。」
「お前は気付いているはずだ。もう俺を言い訳にするな。前を向けよ。」
(私が求めるべき、人…?)
 麗花には男鹿の言葉の意味が分からなかった。分かりたくなかった。
 今までの数十年間、吸血鬼にとっても決して短くはない期間、麗花は男鹿のためにすべてを捧げてきた。
「――――男鹿様?」
 男鹿の声に気付いたのか、鈴が薄目を開けて目を瞬いている。まだ眠いのだろう彼女は、それでも懸命に目を開けようとしていた。
 先ほど湧き出たあの感情は、もうすでに麗花にはなかった。もし男鹿が眠っていて、だれも止めることがなかったら、麗花はあのまま自分を抑えることなどできなかったに違いない。
「どうかされたんですの? 男鹿様?」
 男鹿は冷酷なそれを隠すように、いつもに似た優しい笑みを浮かべている。
「なんでもないよ。それより、よく眠っていたね。そんなに疲れていたのか?」
 その微笑みがどこか違うように感じたのは、麗花だけだったのだろうか。
「よく眠れましたから、もう大丈夫です。もう着くの?」
 鈴の問いかけに、麗花は「ええ、もうすぐですよ」と、それだけ答えた。
 鈴は麗花の顔を見て、一瞬何か言いたげに口を開いたが、男鹿の存在を意識したのか、そのときは何も言わなかった。