純白の勾玉と漆黒の花嫁

第2章 新しい風 その1

 麗花を厳しくしかったあの日から、男鹿はあまり鈴を訪れなくなり、鈴も男鹿とは顔を合わせなくなった。
 別にお互い避けているわけではない。それなのになぜか、お互いに会おうと思えず、会わない。かといって、男鹿の部屋の位置はおろか自らの部屋の位置すら分かっていない鈴には、男鹿へ会いに行くことはできない。どちらかといえば、男鹿が独りでいる時間が増えたといえるだろう。
 あれから優礼や月秦は相変わらず訪ねてくる。
 月秦も最初は嫌そうな顔をしていたが、段々と慣れてきたのか、それとも鈴の誠意を感じてくれたのか、わだかまりはすっかり無くなっていった。しかしそれと共に、男鹿との関係は冷めてきているのだ。
(冷めるも何も、元々私は生贄じゃないの)
 男鹿は半年ものあいだ、何も食べずとも生きていけるという。それなら、自分とも半年会わなくても平気なのだろう。
 だが優礼や月秦は違う。麗花がいるので鈴が血を分けることは少ないが、彼女の機嫌を損ねると分けてもらえないことも少なくないようで、ときどき鈴のもとに来る。
 優礼は上手く彼女の機嫌を損ねないように出来ているようだが、月秦は性格上、彼女と言い争うことも少なくないのだろう。喧嘩して食べ損なうことが多く、それを聞くたびに鈴が月秦を呼び出すようになっていた。
 月秦はあまり鈴を頼らない。それははじめて会ったあの日、鈴が言った言葉のせいだろうか。主に忠実な月秦のことだから、自らの主の“食糧”である鈴をそう簡単に食せないのかも知れない。
 最初とは違って、鈴は進んで彼らを受け入れるようになっていた。“食事”後しばらくは体調が優れないものだが、やることもない鈴には何の支障もない。
「男鹿様……」
「―――ご心配ですか、鈴様」
 部屋に入ってきたのは月秦だった。いつもの通り食事を運んできたのだろう。食事を運ぶのは月秦の仕事になっていた。
「…男鹿様はどうしていらっしゃる?」
 その問いはここ最近、鈴が繰り返してきたことだ。
 いつもなら「元気ですよ」と、ただそれだけ答える。けれど今回は訝しげに眉をひそめている。
「今日のところは、お元気ですよ。ただ…」
 鈴から目を離すと、彼は呟くように微かな声で言った。
「……どうやら次の戦に参加するように、とのお達しが来た様です」
 次の、戦。
 駆り出される―――――。
 誰に、とは月秦は言わなかった。だが、答えはひとつしかない。
「結局、あのひとはわたしのことなどなんとも思っていないのね」
 あの父は、自分のことなどどうでもよいのだ。
 戦となれば何ヶ月にも渡る。男鹿がどういう立場なのかは分からないが、少なくとも半年の間、城には戻
れないだろう。準備から終焉まで、それくらいの年月はかかるはずだ。
 となれば、鈴も―――あの男鹿が実際連れてはいかないだろうが、少なくとも父の知る“ヴァンパイア”の男鹿は、人の生死などどうでもよい、冷酷な彼のはず。その彼を呼び出すということは、“食糧”として鈴がついてきてもかまわないと思っているのだろう。
「…男鹿様のことです。鈴様を巻き込もうとは思っていらっしゃらないでしょう。ですから―――」
「男鹿様は大丈夫なの? 戦でしょう、怪我をしたら」
 鈴は自分の感情を押しやり、月秦に尋ねた。
 鈴の中で男鹿の存在は確実に大きくなっている。彼の身が心配でならなかった。
「我々は、人ではございませんので。治癒力は高いですから、まず死ぬことはありません。そのうえ男鹿様は純血の御方です。怪我くらい大したことございません」
 月秦は淡々とそう告げると、逃げるように去っていった。
 治癒力は高いから。死ぬことは無いから。怪我など大したことではないから。
 だから、何の心配もするなと、彼は遠まわしに言いたいのだろうか。
「心配なものは、心配なのよ…」
 鈴はその晩、月秦のその言葉が頭から離れず、一睡もできなかった。
(―――戦に行ってしまったら、すぐには会えないかもしれない。)
 その前に男鹿に会いたい。会わなければならない。

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