妄想少女と恋と。

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  03  

「小城。頼みがあるんだけど……有希夜との仲、取り持ってくれないか。何だかかなり嫌われてるだろう、俺って」
 基本的には桜庭はさばさばとした兄貴分で、誰かに執着することはない。けれど有希夜は別だ。彼女自身は気づいていないが、整った容姿を持ち、成績も決して悪くなく、運動もそれなりに出来る彼女は、誰からも好かれていた。特に優れている部分があるわけではないが、特に劣っている部分もないので、関わりやすいのだろう。ただ本人が周囲とあまり関わりを持たないので、毎回集まりに誘われるのは一度も行っていないからという理由だけだと思っているようだが、実はその限りではない。
 けれどこれが、ただの友達としての意味でないことは、小城にも察しがついていた。きっと桜庭は彼女に惹かれているのだ。そうでなければ、ただの責任感だけであんなに何度も彼女をクラスの集まりに誘えるわけがない。集まりに来たことがないのが彼女だけではないことを、小城は知っている。そしてその子たちには声をかけていないことも。
「……考えとく。結果は期待するなよ。あいつとは別に、仲がいいわけじゃない」
「助かるよ。一度くらいチャレンジしたいんだ。恩も返したいしな」
 恩も返したい。
 きっとそれは本心だろう。そういう彼の顔は安堵に満ちていた。恩を返す為にも、彼女を追い続けている彼に、小城は同情した。
(自分では気づいていないんだよな、相手が恩を感じてるって。いつも通りの妄想癖だからなぁ)
 彼女に変な妄想癖があることは、小城も知っている。周囲の生徒も指摘はしないが、きっと気がついているだろう。それを誰も気に留めず、気味悪がったりもしないのは、その行為によって救われた経験があるからに違いない。
 ふと顔を上げると桜庭は席に戻っていた。隣で物音がして、有希夜が腰掛ける。ああ、あの男は立場を弁えているなと、そんな風に思ってしまう自分がいて、小城は驚いた。
 いつのまに、上に立った気でいたのか。彼と同じ立場だというのに。
 いや、誘うとき以外一切話すことのない彼よりは、幾分も上な気もするが―――。
「小城? どうしたの、難しい顔して。1限移動よ? 早く行きましょ」
 彼女の声で我を帰った小城は、もうすぐ鳴りそうな鐘に鳴らないでくれと願いながら、廊下を駆け出した。


『有希夜との仲、取り持ってくれないか―――』
 それがどういうことを意味するのか、それくらい理解しているつもりだった。
 彼は彼女に惹かれている。けれど彼女は彼の気持ちに気づいていない。
 きっとこういうときは、上手く彼女を誘導するのが筋なのだろう。彼女は桜庭の誘い方が好きではない様子だったが、けっして彼自身が嫌いなわけではないはずだ。そう、自分が今度の集まりに参加して、一度言ってみようと誘えば―――それだけで機会は作れるはずだ。それに、それは全く周囲と交流しない彼女の今後の為にもなるかもしれない。
(なんか、嫌な予感がするんだよな。何か失ってしまうような)
 もともと失うものなどもっていないはずなのに、彼らを引き合わせることで何かが失われる気がしてならいのだ。
(自分勝手だよな。……もしかしたら有希夜がもっと周りと上手くやれるようになるかもしれないのに)
 きっとこれは自分の、変な独占欲なのだろう。恋愛感情のない、けれどどこか特別な彼女のずっと側にいたい―――。
(ただの憧れのはずなのに)
 決して本人は認めないだろうが、彼女が周囲に特別好かれているのは事実だ。彼女が少し失敗しても、妄想で暴走しても、温かい目で見守られているのは、彼女のそれらの行動で救われる人間がいるから。
 彼女はその場の雰囲気など臆せずに、好きなように行動する。そして感情が昂ると、それを周囲に発散するのだ。要するに妄想を繰り広げるのである。
《ねぇ、聞いて! もしあの猫が―――》
 唐突に、そして本当に空気を読まずに語ってくるので、最初は周囲の誰もが彼女の人格を疑った。本人には決して言えないが、有希夜は周囲に気を遣うということを知らない。だからたとえ喧嘩の真っ最中の女子生徒たちでさえ使って、自分の妄想を伝えようとする。そんな風に有希夜に振り回されているうちに仲直りできたという話は良く聞くものだ。中には相談しているうちに、妄想を繰り広げられ、段々と悩みがどうでも良くなったというものもいる。
「本当に、自覚が無いから困るんだ」
 本人は言って満足してしまうのか、それきり他人と交流することはない。勝手に相談してくるクラスメイトへ、勝手に妄想を繰り広げるのだ。自覚が無いから、自分が注目されているなどとは露ほども思っていない。本当に驚くほど、周囲の視線に気がつかない。
 最近は少し周りを見て、女子生徒と話すことがあるようだが、必要最低限しか話していないので、それほど進展はない。よくそれで学校生活が楽しめると思うのだが、本人は本気で楽しんでいるのがいっそ恨めしい。
「小城? どうしたの、ぼーっとして」
 腕を組んで身体を背もたれに預け、少し俯いていた小城が、ふと少し顔を上げた。そこには、机に手を置き、その上に顎を乗せて、こちらをじっと見つめる有希夜がいる。それが惹かれる行動だということを、彼女は自覚してやっているのか、無自覚にやっているのか。ごく自然に上から目線をしたりする癖がある。それに小城が戸惑うのを知ってから、故意にそれを繰り返すようになったので、実際は無自覚にやっていたのだろう。
 人の嫌がることをやりたがるのは、彼女の癖のようなものだ。小城は何度もされてきたので、もう怒る気にも指摘する気にもなれなかった。ただ本人が本当に嫌がるようなことは以後やらないので、冗談と冗談にならないことの区別はついているのだろう。……おそらく。
「いや、なんでもない」
「そう? くだらないこと考えてないで、ちょっと聞いてよ。もし―――」
 くだらないこと。
 彼女は思いつめたようなクラスメイトを見ると、いつもそう言い表す。本人にとっては決してくだらないことではないのだが、そこで言い返すと、「人の話を聞け!」と怒り出すので、いつの間にか聞き入ってしまうのだ。そしてその妄想に笑いをとられ、結局悩みはどうでもよくなってしまう。実際にその後相談しても、本当に適当な答えしか有希夜は言わないのだが、それが以外にも的確だったこともある。実際深く考えることを止めることで、解決することが多いようだ。
「そういえば、何か考え事してたんじゃないの?」
「何でもないよ。くだらないことだ」
 彼女なら、きっと誘っても変わらずに妄想を繰り広げるだけだろう。
 心配するだけ無駄かもしれない、と小城は思った。
「なぁ、今度の集まり、行かないか? 俺も行くからさ。一度くらい、行っておこうぜ」
 少し首を傾げた有希夜は、首を元に戻すと、素直に頷いた。
 別に予定があるわけじゃないし、と呟きながら少し浮ついている彼女を見て、小城は思わず微笑んだ。
 これが、彼女が変わるきっかけになってくれればいい。せめて周囲ともっと、打ち解けるように。きっと一度話してみれば、分かるはずだ。
 昼休み終了のチャイムが鳴り、有希夜が席に戻っていく。
 何事も無く、その日は過ぎていった。
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