妄想少女と恋と。
02
小城だと、有希夜は直ぐに分かった。
振り向くと何か言いたそうな顔をしていた。有希夜は思い出したように用事があったのだと取り繕って、その場を辞した。近づくと小さく手招きされ、小城は廊下の片隅の、人通りの少ない場所で止まった。
助けてくれたのだ。有希夜が困るだろうと思って。
けれどそれが何の感情もない単なる親切心から、という訳ではない。きっと断ろうとしていた有希夜を責めるのだろう。
何度も隣の席になったことで、有希夜はよく小城と話すことが多かった。それを知ってか、集まりに参加するたびに参加させるように言われると、以前愚痴を聞いたことがある。きっと未だに言われているのだろう。けれど有希夜はそのことに気がつかない振りをして、大人しく話を聞いた。
「最初のとき、1回参加しておけって言ったじゃないか。1回行けば気が済むってのに」
「だって嫌なんだもの。だったら一緒に行ってよ。私、桜庭くんって苦手なの、強引だから。いろいろ決めてくれて助かるって言うのはあるだろうけど、強引過ぎるわ」
胸の前で腕を組んで、頬を膨らませて首を横に背ける―――よく漫画で目にするような、不機嫌な態度をとると、小城は呆れたように有希夜を見つめた。
「あのな……。たまにはこっちに気を遣えよ。何回お前を呼んで来いって言われてると思ってんだ」
小城の眉間の皺は、みるみる多くなっていく。面白いくらいその様子がはっきりと分かって、有希夜は思わず笑みを零した。そんな有希夜の様子にさらに機嫌を悪くした小城は、呆れたように溜息を零した。
有希夜の勝ちだ。小城が怒る気を無くしたところで、最後に追い討ちをかける。
「それを分かっていて、参加している小城が悪いのよ? 違う?」
満面の笑みを浮かべる。有希夜より背の高い小城に対して笑いかけると、どうしても見上げる形となる。けれど小城はそんな姿を見せたくないというので、嫌がらせの時以外には、立っているときに正面を向いて会話をしたりはしない。
(何故かは知らないけれど、ちょうどいいわ)
効果は抜群、出来るだけ人目を避けたいらしい小城は、黙って有希夜を突き放して教室へと戻っていった。けれどその場所は以外に人目の少ない場所で、有希夜はしばらく窓から空を見渡して、暇を潰していた。先生からの呼び出しを理由に出てきたので、少し彼とは時間を置いて帰らなければならない。
目の前には綺麗な青空に、学校の敷地内に植えられた木々から飛びだった鳥たちの姿。共に聞こえる彼らの鳴き声に耳を傾けて、有希夜は目を閉じた。
そこは唯一、周りからの雑音が遮断される場所だ。直ぐ近くに教室と階段があるが、比較的話し声も届きにくい。あまり人通りが少なく、そして少し肌寒い場所だった。
(あれ? ……珍しいな、桜庭と話すなんて)
教室では小城と桜庭が何か話をしている。小城はなぜか、あまり桜庭と話したがらない。元々周りと話すタイプの人間ではないから、ただ桜庭と話す機会が少ないだけなのかもしれないが。桜庭は有希夜の姿を見るなり、慌てて自分の席に戻っていった。小城が何か複雑で不機嫌そうな表情をしているものの、怒っているような不機嫌さではないので、きっと集まりの話ではない、何か世間話のようなものだったのだろう。
(それにしても不機嫌な顔。一体どうしたのよ)
口に出したくても出せない。小城がこのように不機嫌になるのは珍しいことではない。これほど分かりやすく表情に出すことは少ないが、かなり小城は感情表現の豊かな方である。
そのあと直ぐに先生が顔を出してしまい、話を聞くことができなかった有希夜は、その後もどこか不機嫌そうな小城に声をかけられずにいた。ふと時計を見上げると、時刻は1限が始まる3分前。1限が移動教室であったことを思い出して、急いで彼に声をかけた。
小城は結局授業が始まっても、表情は不機嫌なままだった。そんな彼がいつも通りの笑顔を見せたのは、彼にとって重要な昼休みのときだけ。それまで、硬いままだった小城の表情を見て、桜庭が心配そうに見つめていたこと、そしてその表情が和らいで彼が安堵していたことは、有希夜はもちろん、小城自身でさえ気づいていなかった。