手帖の表紙に描かれているのは、とあるブランドの
手帳に書かれている文字は、長い期間で書かれたものにしては、内容が整いすぎていたことに、栞那は少なからず違和感を覚えていた。1冊の手帖には、一切誤字脱字がなかったのである。誤字脱字をしない可能性がないわけではないが、まず偽装を疑ってかかるべきだろう。
ファッションブランドで扱われている品物であれば、もしかしたら毎年デザインのどこかに違いがあるかもしれないと思ったのだ。
結果は黒星。それは期間限定で無料配布されていたもの。栞那の予想通りだった。
手帖を武器に、彼から何か聞き出せるかもしれない、聞き出せなくても、諦めてもらえるだろう―――そう言った栞那に対して、静貴は慎重な姿勢を崩さなかった。
静貴は頷いてくれるだろうと思っていた栞那は、少し戸惑った。栞那が思っていたよりも、彼は情に厚い人物だったらしい。
『
『大丈夫。最終手段として、質問を用意してるから』
心配そうな表情の彼に、栞那は笑顔で返す。栞那の落ち着いた様子と強い意志を読み取ったらしい静貴は、止めるのは諦めている様子で、栞那の言葉に反応する。
『質問?』
『そう。あの人が、逃げたくなるような質問をね』
満面の笑みを輝かせる栞那を見て、静貴が相手を気の毒に思ってしまったということは、彼だけの秘密である。
「覚悟はできたのか、栞那?」
マックスを使いに出すと、男は疑うこともなく駆けつけてきた。静貴に前もって頼んで警備を多少緩くしてもらったものの、決してすぐに抜けられるような警備でもないはずなのにと、改めて彼の凄さを思い知る。
「ええ。……このままにしておくわけにはいきません」
「そうだろう。この屋敷は危ないからね。子猫には危険が多すぎる。戻っておいで、栞那」
計画通り―――栞那は微笑みながら、切り返す。
ここからは演技力の勝負だと、栞那は思った。どれだけ感情を殺して、相手に察せられないようにするか。それが勝敗を決めることだろう。
「ええ、危険ですね。でも、あなたの
「どういうことかな、栞那」
「そのままの意味です。わたしは戻りません。お返ししますね、このニセモノ手帖は」
流石は情報を扱うプロというべきところだろうか、一切表情を曇らせない。内心を探らせないようにすることには慣れているのだろう。
「何の根拠があってニセモノだと?」
否定も肯定もしない。はっきりと答えないのがその証拠であると言いたいものだが、それだけでは証拠としては不十分だろう。
「この手帖がニセモノである証拠、ですか。そうですね、それはこのデザインにあります」
「珍しくもないだろう? よくある花柄じゃないか」
確かに決して珍しい柄ではない。花柄であれば種類もたくさんあるものだし、そのような手帖は探せばいくらでもあるだろう。
しかしそこに刻まれている
「あなたは男性だから、この女性向けのブランドには詳しくなかったのかもしれませんが」
言葉を区切って、男を見上げる。栞那よりも幾分か身長の高い彼は、やはり威圧感がある。しかし負ける気はしなかった。
「この手帖は、期間限定で配られていたものなのですよ。とある女性向けファッションブランドのお店で。……配布期間は約1ヶ月で、これが配布されたのは昨年の春頃。あまりにも時期が違います」
2015-06-28