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外はすっかり暗闇だ。どこに持っていたのか、ふと一つの手帖を取り出した。小型の小さめのそれは、女性らしい花柄のデザインだ。いつも真っ黒なものを好んでいた彼とは、似ても似つかない柄のもの。

「つい最近、君がいなくなってやっと決心がついてね。母の部屋を整理していたんだ。その時、手帳が出てきた。―――そこにはとても面白いことが書かれていたよ。最後のページを読んでごらん」

 目の前で開かれた手帳には、女性らしい綺麗な字で、文章が綴られている。固有名詞は一切使われていないそれは、少し異様に見えた。

「『敵のことを、信用しすぎてしまいました。自分の愚かさを嘆く暇すら、私にはありません。この手帖が無事に、マックスが届けてくれることを願っています。あの人の行ったこと全て記しました。最後にこれを、あなたに託します』……マックス、って……もしかして」

 目の前で大人しく座っている犬へ、手を伸ばす。立ち上がって飛びついてきたマックスを支えきれず、後ろへ下がろうとした栞那を、男が支えた。その様子を見て、マックスは落ち着きを取り戻したのか、大人しく伏せている。

「母が鍛えた犬だ、使い勝手がいいだろう? 東條は犬だけは処分できないようだからね。君の事を守ってくれるだろう」

「あなたは、何がしたいのですか」

 迎えに来たというのは、口実だ。本当に迎えに来たのなら、有無を言わさず連れ戻すだろう。そういう男だ。きっと何かを伝える為に、何度も屋敷へやってきていたはずだ。

「母が調べていたことを、調べるだけだよ。……栞那、あの男に伝えてくれ。いつまでも夢を見ているものではない、とね」

「あの男ってどなたのことですか」

 屋敷の主か、あるいは。考えたくもないが、いくらでも選択肢はあった。

「もちろん、この犬の前の飼い主だろう? 今の飼い主は君だからね。……栞那を頼んだよ」

 元気よく、マックスが返事をしている。ふと思い返した栞那は、あまり人に懐かないマックスが、警戒していないことに、気がついた。

(本当にこの子が……)

「表立った連絡手段は取れないけど、距離が長いから。母は犬で連絡を取っていたんだ。猫の方が使い勝手はいいんだけど、ちょっと遠いからね」

 猫と違い、犬であれば、散歩だといって一緒に外にも出れるし、屋敷内で放し飼いすることもできる。その隙に他の人間に手帳を渡せるように、きっと何度かその場へ通い、躾けたのだろう。猫でも、小柄で自由に歩いて回れるが、手帳などの大きなものを運ばせると目立ってしまう。犬であれば、着るタイプのリードを付けさせておけば、手帳なども隠せるだろう。

「さて。長居は禁物だね。今日は彼への伝言を頼みたかっただけなんだ。でも、今度会ったときには、迷わず取り戻すよ」

 耳元で聞こえた言葉を最後に、背中の気配は消えていく。背中を風が通っていく感覚に驚き、振り向くと、開かれた扉の前に、先ほどの花びらの手帖が置かれていた。

 手帖はビニールのカバーが付けられていて、手にとって良く見ると、少し薄汚れている。

 これからどうすべきか分からない栞那は、手帖を開き、最初のページから読み始めた。

2015-01-04

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