「栞那、帰るぞ。すまないが静貴君、詳しい話は君のお父さんに伝えてあるから聞いて欲しい。今日は栞那はこちらで預からせてもらう」
遠藤は栞那の手をそっと掴む。栞那が立ち上がったのを確認して、急ぎ足で部屋を出て行く。栞那は転ばぬように歩くのが精一杯だった。
遠藤は―――自分の祖父だと名乗ったこの男は、本当に自分の祖父なのだろうか。母も父も知らない栞那には、顔から判断することはできなかった。自分が父と母、どちらに似ているのか、それすら知らないのだから、安易に似ていないから祖父ではないとはいえない。母が母親似だった可能性も捨てきれない。
「あなたは、本当に私の祖父なのですか?」
「信じてもらえなくても構わんよ。ただ今晩はうちに来てもらう。本当は東條の屋敷が一番安全だが、さすがに今日泊まれる手筈が整っていないそうだ。我慢してくれ」
遠藤は淡々としていた。栞那は彼を信用していないつもりではなかったが、栞那の素直な疑問は否定と捉われたらしい。仕方がないだろう。栞那も彼が祖父だと信じているわけではない。
来たときとは違い、裏口らしき出入り口を出ると、そこには栞那を送ってきた運転手が待っていた。彼は大丈夫なのかと遠藤を見ると、どうやら組織の仲間ではなく、元々遠藤が迎えに寄越した運転手だったようだ。
「……東條さんは、同業者、なんですね。私と」
静かな車内。行きのときとは違い、運転手は一声もかけてこなかった。遠藤も握っていた手を離して腕を組んでいる。目は閉じていないので、眠ってはいないようだ。
外を眺めながら、栞那は独り言のように呟いた。静かな車内では十分聞き取れる大きさだった。遠藤はこちらに少し目をやって、すぐに戻した。
「同業者だが、お前の主にとっては敵だろうな。東條が狩るのは個人ではない。組織をそのものだ。だから同業者には嫌われている」
組織が栞那のいたような組織のことを意味するなら、受ける依頼は"狩られた者"からのものなのだろう。生き延びた本人か、もしくは遺族が復讐を依頼する。組織は"狩り"の他に何かしらの闇を持っている。そこをつけば容易に崩せるだろう。
栞那の組織は"狩りの準備"をしていた。情報を集め、それを同業者に売る。実際に手は汚さない。それゆえか決して好まれてはいなかった。そんな組織が忌み嫌う存在なのだから、実際は同業者とはいえないのかもしれない。
「では私は、裏切り者ですね」
「拒否権は無いぞ」
組織を裏切ること、仲間を裏切ることに何の抵抗も無いとは言わない。けれどなぜか、胸の内は軽やかだった。
「なんだか軽くなったような気がします」
それがなぜなのかは、栞那には分からなかった。
2014-08-11