「ご機嫌ですね、静貴様。そういえば遠藤様のご令孫様がお戻りになったそうですよ。お会いになりましたか?」
真っ黒なワンピースにフリルのついたエプロンを身につけた女性が、自室でくつろいでいた静貴に声をかける。静貴の屋敷は大きく、使用人も何人かいる。その中でも母のように静貴に付き添ってきた使用人だった。静貴が脱いだ背広を渡すと、ごく自然にクローゼットの中にしまっていった。
「ああ、情報どおりの子だったよ。あちらが頑として返さなかったのも頷ける。きっとこちらで“預かる”ことになるだろうから、空き部屋の準備を頼むよ」
「ええ、先日改装が終了したばかりのお部屋がありますから、そちらを整えておきますよ。奥様のご要望で可愛らしい内装にしてありますから、気に入っていただけるでしょう」
「派手なものは好まないと思うけど」
静貴の母は派手好きな面があるのだ。若いといえば聞こえはいいが、静貴からすれば若作りである。たいそう年齢の変わらないこの使用人のほうが、若く見えるとは口が裂けても言えない。
「大丈夫でございますよ、内装は静香様がご考案されたものですから」
「姉さんが? それはよかった。それなら問題ないだろうな」
静香とは静貴にとって2人目の姉で、次女である。持ち前のセンスを生かしてデザイナーの仕事をしているようで、ファッションから建築関係まで、手がけるデザインは幅広い。
静香のデザインは総じて大人しめのものが多く、女性らしさを強調しすぎないデザインで人気を誇っている。彼女がデザインしたのなら派手なものではないだろう。
「良かったわ、間に合って。あなたが女性に夢中だって言うから、わざわざ改装作業を早めさせたのよ。遠藤様のご令孫と伺ったけれど、本当なの? 長らく行方知らずだったのではなくて?」
いつのまにかソファーの片隅に腰を下ろしているのは、姉の静香だった。いつも勝手に部屋に入る癖がある。というのも、一応いつもはノックをしているらしいのだが、静貴は全く気づかないため、勝手に入るようになったのだ。何度もノックしても気づかない静貴を待っているのは嫌らしい。確かに使用人は気づくようなので、自分が聞いていないだけなのだろう。
「ええ、やっと取り戻せたんですよ。遠藤氏もお喜びでしょう。亡きご令嬢の形見ですから」
「それだけの理由で彼女を巻き込むのは、私が許しませんからね。彼女を粗末に扱ったら、もうこの屋敷に入れてもらえないと思いなさい」
「……姉さんがそこまで言う理由を聞きたいのですが」
「あら。わたくしの大切な旦那さまに頼まれたんだもの。遠藤様は引退はされたけれど、人望も厚い方。そんな方のご令孫を粗末には出来ないでしょう。“裏”を知る者は我が家を頼っているわ。既に巻き込まれてしまっている彼女には、他に行き場がないと」
この姉の夫は、遠藤氏が会長を務めていた会社の重役だ。いずれは社長にもなるだろう。ご機嫌取りということも考えられるが、それ以上に、これまで会社を支えてきた遠藤氏に対する会社からの恩返しのようなものかもしれない。
生まれて直ぐに“裏”の世界に巻き込まれ、きっとこの先関わらずにはいられない少女。そんな彼女を守れるのは、この屋敷だろう。その為だけに、この数ヶ月間人員を増やしている。
「分かっているよ。彼女を母親のような結末に遭わせるわけにはいかない。もう二度とあんな出来事は起こさせない。ここなら、彼女を守れるだろう―――どれだけの犠牲を払うとしても」
彼女の母親が遺していったもの。生前から身体の弱かった母親は、産後の兆しが悪く亡くなったことになっている。けれど真実は違う。
今度こそ、物語はハッピーエンドでなければならない。これ以上バッドエンドの連鎖を続けさせるわけにはいかないのだ。
2014-08-24