The End of Summer

求める

「それからは、話したとおりだよ? 卒業までは菜々ちゃんから情報を聞いて、その後は俊明から聞いていたんだ。真子ちゃんと会ったのは偶然。それが菜々ちゃんの言ってた友達だって分かったから、少し興味を持っていろいろ聞いたのが始まりだったんだ」
「そうなんだ」
「うん。……真子ちゃんは、僕を変えてくれた。だから―――」
 さりげなく真子を抱き寄せようとした和幸を、真子が止める。和幸が眉をひそめると、真子は和幸をじっと見つめた。その顔からは、先ほどの笑顔は消えている。
「ううん。やっぱり、和幸くんを変えたのは、私じゃない。菜々だよ。私は関係ない」
「真子ちゃん?」
 真子は立ち上がって少し和幸から離れると、携帯を取り出して、なにか打っている。誰かに連絡をしているのか。
「和幸くんが本当に求めてるのは、菜々なんじゃないの?」
 和幸は思いがけない言葉に、目を丸くする。何の話か全く見当がつかない和幸は、ただ呆然と真子を見つめていた。
「何を言ってるんだい」
「とぼけないで。知ってるんだよ。菜々とこっそりやりとりしてるって」
 その間も、真子は携帯を触っていた。何か嫌なことでもあったのかと、和幸が首を傾げながら、口を開く。
「もうやりとりなんしてないよ? それに真子ちゃんに隠し事なんて」
「ねぇ、和幸くん。和幸くんの求めてる人っていうのは、見た目の綺麗な人じゃないよ。心の綺麗な人。だから、ずっと周囲と溶け込めなかったんでしょう。でも、私は違う。和幸くんは分かってるはずだよ? 菜々ほど人の良い子はいないって」
「菜々ちゃんは関係ないよ。僕が好きなのは真子ちゃんだけだって」
 何を勘違いしているのだろう―――和幸がどれだけ弁明しても、真子は信じそうになかった。けれど和幸には一切心当たりはなく、菜々とも会話はほとんどしていない。
「じゃあ、何で携帯を見せなくなったの? 私のは確認するのに、なぜ見せてくれないの? 私だって疑いたくないし、そんなに詮索するつもりもなかった。でも、なぜ和幸くんに言っていないことを、私が言う前に、私の携帯を見る前に知っているの? おかしいよ! 俊明くんや早妃にも言っていない、菜々にしか言っていないことまで、何で和幸くんが知ってるの!」
 ああ、そこからズレていったのか。和幸は思い出した。確かに最近は、彼女ばかりが詮索されていたし、彼女の詮索を和幸はかわしていた。だから、彼女は一方的に探られている感覚が否めなかっただろう。
 けれどそれも深い意味はない。けれどなぜ自分は、菜々しか知らないことを知っていたのだろう。可能性としては、俊明か早妃だが、二人も知らないことだという。いったい誰から聞いたのか。和幸は記憶を探ったが、全く思い出せそうになかった。
 とにかく彼女を慰めなければと、和幸が手を伸ばすと、真子はその手を振り払う。もう遅いのだろうか、彼女はすっかり和幸を疑っていた。
「真子ちゃん、落ち着いて」
「もう嫌だよ。和幸くん。私に理想を押し付けないで。私は人形じゃないの!」
 和幸のそばに置いてあった自分のバックを手に取ると、彼女は走って去っていった。 どこから間違えてしまったのだろう。全く自分を偽ったことも、彼女を欺いたこともない。彼女を疑ったこともないし、お互いに隠し事はないと思っていた。
 けれど彼女の知らぬところで、自分は彼女がまだ伝えていないことを聞いている。それが誰から聞いたのか、全く覚えがないのが痛かった。
「……誰なんだ……でも、そんなやりとりした覚えはないんだけどな」
それならば、口頭か。誰と話しただろう。菜々とはしばらく、顔を会わせていなかった。唯一会うのは、俊明や早妃くらいで、他は家族としか会わない。
携帯電話を片手に、押せない発信ボタンをの上で、しばらく指を動かしていた。