The End of Summer

忘れる

 あれから1ヶ月たって、俊明との関係は相変わらず変わらなかった。けれど心のどこかで思い出してしまう和幸のことを、二人でいるときは忘れることができた。
「もう6月? いよいよ梅雨か――……。雨嫌いなんだけどな。」
「そうだね。髪がまとまらなくなるし、私も好きじゃないな。」
 雨の日は髪の毛が落ち着かず、うまくまとまらない。高校の時から同じ状態で、真子は髪型を工夫したりもするのだが、すぐに崩れてしまったりして、どの方法もうまくいかなかった。
「そうなの? 女子って大変だなぁ。」
 俊明が興味なさげに言った。思ってもないことを口にするのはいつものことで、真子は言い返す気力がもったいなく、深く考えないようにしていた。
「もう、そんなこと思ってないくせに!」
 真子が黙っていると、そんな二人に呆れて早妃が怒る―――これが、早妃と真子と俊明の関係だった。
 思わず苦笑すると、俊明は捨てられた子犬のような顔をして泣きべそをかく。これもいつものことだと、真子が笑っていると、俊明は満足げに笑った。
「怒られたのに笑えるなんて、余裕だね。」
 真子が声をかけると、俊明は頷きながら答える。
「真子ちゃんが笑ってくれればそれでいいからね。」
 思わず見つめたその顔は、先程のふざけた笑いではなかった。
 胸の奥に残る靄を押し込めたまま、真子は、何も言うことができなかった。
「―――もう、私の前でいいムードになるのやめてよ! 虚しくなるんだから……。」
 早妃が真子に飛びつきながら叫ぶように言った。真子は固まったままだった。
(私は、どうしたいのだろう……?)
 あの日あってから、和幸のことを忘れたことはない。真子は今まで告白されたことはあってもしたことはなかったし、誰かと付き合っても振られることは少な かった。たいてい真子から振って、暫くするとまた告白される。どう断ったらよいか分からずにいると、いつのまにか付き合っていると言われ、別れ話を持ちか けるのが常だった。それくらい、異性に興味を抱いたことがなかった。
 けれど、和幸だけは違ったはずだったのに。
「真子? どうしたの? 悩み事でもあるの?」
 早妃が顔を覗き込んで、心配そうな顔をしている。
 真子は考えることを放棄して、目の前を見つめた。
「何でもないの、ちょっとぼんやりしてただけ。」
 そう笑った真子の姿を、俊明はただ眺めていた。
「そう? ねえ、この後あのお店行かない? この前オープンしたカフェ! 一度行ってみたいの。」
「いいね。行こうか。」
 我先にと駆け出した早妃を追うように、真子は足を速めた。
 少し振り向いて、俊明の手を握ってから。