The End of Summer

応える

「ねぇ、真子。なんで急にやる気になったの?」
「別にやる気になんてなってないよ? 菜々の勘違いだって。」
 友人の中でも特別仲の良い菜々は、真子の僅かな変化にすぐに気がついた。真子は無駄だとは分かっていたが、それでも知らないふりを続けていた。
「ならいいけど。そういえば、真子は地元組だっけ?」
「うん。一人暮らしできるお金はないし。せっかく地元に国立大あるんだから、そこ狙おうかなって……。菜々は他県行くんでしょ?」
 真子の通う高校では、近所に唯一ある県立大学へ行く者と、地元を離れる者といる。もちろん、県立大学を狙うには、それ相応の成績が必要だが、真子は真面目な性格が功を奏してか、成績も学年で上位に入るほど良好だった。
「真子と違って、余裕がないからね。もう少し狙いやすいところにするの。」
 大げさにため息をついている。菜々はこうやって人をからかうのが趣味のようなもので、特に仲の良い真子はよくからかわれる。これが嫌味でないことは知っているので、気にせずに言い返す。
「私だって余裕なんてないよ。だから今から勉強するんだって。」
「そう? まぁ、お互い頑張ろうね。」
 菜々はそれ以降、真子を詮索しなかった。ただその場だけの話題だったのかもしれないが、真子にはそれが、気遣いであるのだと思えた。


 それから月日は経ち、真子たちは高校3年生になり、一学期が過ぎようとしていた。成績はあれから何とか保っていて、担任からも、このままなら十分狙える だろうと言われた。けれどこの辺りで大学といえば他は私立ばかりで、必然的に人が集まりやすい。真子の学校は地元では進学校であるが、他の地域からの志願 者も考えると、入れるか心配なところだった。
「ねぇ、真子。夏休みってどうしてる?やっぱり、夏期講習とか行く?」
「ううん、そんな余裕ないし、家で大人しく勉強しているよ。」
 真子には兄がいる。兄も成績は優秀だったが、地元の大学ではなく、他校の有名大学への進学を決めた。一人暮らしをしている兄への仕送りが大変らしく、高校に入学した頃から、できれば地元大学へ、無理なら進学は諦めてくれと言われていた。
 その為、成績のためとはいえ、お金のかかる塾には行けないのが現状で、勉強のための問題集などは、兄が残していったものが多い。とはいえ、ほかに必要な教材などがあれば買ってやると言われているので、不満はなかった。
「―――なぁに、また行きたくないの? その様子だと。」
 図星なのか、菜々は顔を逸らして完全に拗ねてしまった。どうやら、一人で行くのが嫌で、誰かを誘おうとしているらしい。
「だって、勝手に入らせた挙句、友達も知っている人もいなかったのよ!?私がこの2年半、どれだけ孤独に耐えてきたか―――。」
「はいはい、諦めて行ってらっしゃい。お陰で志望校狙えそうなんでしょう?」
 菜々は昔から行きたがっていた学部のある大学を、このまま頑張れば狙えると担任に言われたらしい。それも塾の成果だろう。飽き性な菜々には、塾が重要だ。
「うん。私頑張る!こうなったら絶対に受かってやるんだから!」
 真子は私立大学のパンフレットを開いていた。地元に一番近く、充分通える距離にある大学だ。心配症な両親が、もしもの時のために滑り止めを、と受験することになった。
 近所に母の実家があるので、そちらに居候して通うこともできるという。これは真子にとってかなり嬉しい出来事だった。いつも兄の影響で道を定められていたので、少しでも逃げ道があると、心が落ち着く。
「ん? こっちも受けるんだ? ああ、お母さんの実家が近いんだっけ。」
「うん。やっぱり1本に絞るのは危険だから……。ここの大学は、成績優秀な生徒は学費が免除されるんだって。だからそれに入れば問題ないって。」
「真子なら大丈夫だよ!元々、ここら辺で優秀な子達はだいたい他県の大学に行くし、十分狙えるって!」
 菜々は真子の家の事情を知っている。だから、いつもそうして励まされることのほうが多かった。菜々の志望校は有名なわけではないが、志望者が多いことで知られている。自分よりもはるかに苦労しているのは菜々だった。
「いつもありがとう、菜々。」
「こちらこそ、おかげさまで苦手な数学が攻略できそうです!」
「よしよし、じゃあ次は英語だね!」
 菜々は数学が苦手だった。最近はコツを覚えて、苦手意識が減ってきたというが、菜々の苦手分野はそれだけだはない。
 英語、それが菜々の最も苦手とする分野だった。
「それだけは嫌!やらないっ!」
 子供が駄々をこねるように、頬を膨らませて、再び拗ねはじめた。この拗ね方は前から変わらないなと思いながら、真子は菜々をあやしていた。


その後、二人は無事に志望校に合格し、高校を卒業できたことは、この時のふたりには知る由もなかった。