純白の勾玉と漆黒の花嫁

番外編 『大切な貴方と』

「おはよう、鈴。……どうしたんだ?」
 目が覚めると側に悠然と座っている男鹿を見て、未だに戸惑ってしまう自分に、鈴は思わず苦笑した。諸々の争いが終わり、男鹿の城へ帰ってきてから、優礼や月秦らの説得に応じ、男鹿と鈴は同じ部屋で過ごすことが多くなった。
 本来夫婦は同じ部屋で眠るものだろう。しかし独りの生活が長かった男鹿は、あまり深く考えていなかったらしい。初対面の際、鈴が明らかに警戒心を見せてしまったのも要因の一つだろう。そもそもその時点では鈴は「生贄」だったのだから、戦争が執着していつの間にか妻として受け入れられたことに、鈴は驚いていた。
 どうやら萃香の手前、表立ってそう呼び接することは出来なかったらしい。萃香は全く気にしていなかったようだが、それでも周囲の目は厳しいのだろう。純血の吸血鬼は多くない。その分周囲の期待も大きいはずだ。
「君の驚く顔も可愛いものだけれど、いい加減慣れてほしいものだね」
 男鹿が鈴の体をゆっくり起こしていく。真っ白な寝間着が、障子の隙間から漏れた光に照らされている。目を合わせると、男鹿は少し複雑そうな表情をしていた。男鹿が機嫌を損ねることはあまりないのだが、時々言葉だけでは冗談か本気か分からないときがある。表情を見る限り、ただの困り顔だ。
「ごめんなさい。そういえば、羅威さまはいつまでおられるのですか?」
「部屋はいくつでもあるし、今のところ食事も必要ないだろう。羅威も一応は純血なんだ。この城に住む権利があるから、追い出すことは出来ない……不満かい?」
 鈴は黙って首を横に振った。元々この白は純血たちが共同で生活していた城で、何者かの奇襲を受け集団行動は危険とされ、バラバラに散ってしまってからは、部屋が残ったままだという。純血の者以外の立ち入りを阻止するための対策として、出入り口が一箇所になり、そこには術がかけられているらしい。鈴が迷い込みそうになった場所がその入り口だと言う。その先に入るには、純血たちが持っている漆黒の勾玉が必要らしい。鈴が貰い受けた純白の勾玉は、どちらかといえば従者などに与えられるもので、純血の者と共でなければ入ることは許されない。それを持たず無断で立ち入ったものは無事では済まないという。しかし、それだけの対策が取られながらも奇襲は止まず、犯人も判明せぬまま彼らは散っていった。海を越えた者も多いそうだが、彼らの多くとは連絡が取れていないそうだ。
「いいえ、私には立ち入れない場所ですもの。それに、元々は羅威さまがお使いになっていたお部屋に、おられるのでしょう?」
「そうだよ。……そろそろ着替えるかい? 麗花も来るだろう」
 そうして立ち上がると、男鹿は部屋を出て行った。夫婦として暮らし始めたものの、男鹿と鈴の間には夫婦らしい出来事は何もなかった。必要以上に肌が触れ合うことはない。そのため鈴が着替えるときは必ず部屋を出て行く。鈴が寝間着から着替え、麗花の手を借りて長い黒髪を綺麗に梳かし終える頃に、見計らったように戻ってくるのだが。
「一体何を考えていらっしゃるんでしょう。男鹿さまったら、抱擁や接吻もされないなんて。一体姫様を何だと持ってるんです」
 鈴の髪を梳かしながら、少々機嫌の悪い麗花が、男鹿のことをひたすら責めていた。2人の幸せを誰よりも願っているからだろう。ただそれを口にすることは珍しかった。月秦か優礼が彼女の機嫌を損ねることをした影響に違いない。
「大切にしてくださってるんでしょう。それに男鹿さまのことは、お前が一番良くわかっているじゃないの。男鹿さまは―――」
 鈴はその先を言うことができなかった。いつのまに戻ってきたのだろう、男鹿が隣に座っていて、鈴の顎を優しく掴むと、そのまま唇を重ねてきた。
 麗花は肩を震わせている。男鹿が目配せしたのか、黙って立ち上がり退室していった。きっと部屋へ戻ったら、月秦か優礼が八つ当たりされるのだろう。そんなことを考えていた鈴は、された行為を思い出して顔を上げることができず、そのまま男鹿の胸へ寄りかかった。
 それから二人の仲が深まったのは、言うまでもないだろう。

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