「――――姫君は? まだお休み中か?」
月秦は人を信用しない。
だが、一度相手に心を開いてしまうと、その人に心酔する癖がある。男鹿との出会いもそうであったように、男鹿が心に決めた相手に対してもそうだったらしい。
麗花はそんな月秦が好きでない。気に食わないという方が近い言葉かもしれない。
「潔くない」というのが理由だが、優礼からすれば麗花が気づいていないだけで、気に食わないのには違う理由があるという。
けれど麗花にはその理由が分からなかった。
「ええ、最近は寝つきが良くないようで眠れていなかったようなの。だから、寝れる時には寝ていただかないと……戦が始まれば、もっと眠れないときもあるでしょうし。―――本当に、男鹿さまは時間感覚がなくて困るわ。これで放っているつもりはないって仰るのでしょう?」
月秦は思わず苦笑している。頷きはしないが、否定もしない。その通りということなのだろう。
鈴がやってきてから、麗花はすっかり心を入れ替えていた。男鹿も最初は麗花を信用していなかったようだが、麗花の必死の説得に応じ、今では麗花が鈴の世話をするようになっている。
ただそれから、また以前のように鈴を放っている。これから戦で会えないというのに、会いに来ない日があるのは既に日常である。
鈴が城までは戦についていくと宣言してから、既に5日が経過している。
2日後には経つ予定だと聞いているので、それまでは鈴をゆっくりさせてやりたいというのが正直なところだった。
麗花たちは基本的に昼間に眠ることが多い。けれど鈴がやってきてから、生活は逆転していた。これは今まで何度も繰り返してきたことなので、身体は慣れている。
元々男鹿は純血であるし、優礼や月秦、そして麗花も貴族の血筋である。その為、日差しには強い。
吸血鬼は陽の光に弱いという逸話が人間たちにはあるが、実際は少し違った。
それにはかなり個体差があり、純血の者ほど陽の光に強い傾向にある。優礼や月秦も、少し身体能力は鈍るが、人に劣るほどの影響はない。逆に、吸血鬼の血の薄い者ほど、陽の光に弱いそうだ。
他の地域では逆の傾向が強く、純血ほど陽の光に弱いそうだ。しかし少なくとも、麗花の身近には陽の光に弱い者はいなかった。
「……でも、もうだいぶ陽も上がってきただろう。そろそろ起こして差し上げろ。眠りすぎは体に良くない」
「そうね。……一体いつになったら、私は安心できるのかしら」
月秦は意味ありげに微笑んでいた。