理解しあえる、わけがなかった

「あとは二人で仲良くね」
 着いた先は豪華な和風の料亭だった。
 両親は、相手と話があるからと、すぐに別室へと移動していった。部屋は個室で二部屋とっていたらしい。
 もちろん相手の両親もいない。つまり、残るのは問題の男のみだ。
 私が何か言葉を発するよりも早く、男は私に告げた。
「お前を愛すつもりはない。だが、手放すつもりもない」
 私は、一瞬何を言われたのか、理解できなかった。
 目の前で美しく微笑んでいる、私の未来の婚約者は確かに、「愛すつもりはない」と言い切った。しかし予想外だったのは、同時に言った言葉。「手放すつもりもない」と。
 突然話を振られたのはお互い様で、上手くいけば無かったことにできるかもしれない―――そんなのは甘い考えだったと思い知らされた。
 ずっと籠の中の鳥でいろといいたいのか。自分だけが損をする条件に、私は納得できなかった。
「別れるといったら、また次を見つけるだろう。面倒だから、別れない」
「私は嫌です」
 私が即答すると、彼は馬鹿にしたように笑った。
 それまでの美しい顔が嘘のように、人を嘲るそれへと変化している。
 何もかもが自己中心的な考え方だ。自分さえよければそれで良い、と思っているのだろう。彼は自分が望むことは何でも叶うと思っているのかもしれない。
「俺が不満か? 見た目はいいと思うが。周囲にも自慢できるだろう?」
「中身が最悪な方と、暮らしていけるなんて思いませんから。見た目なんて二の次です」
 もはや取り繕う必要もないと判断した私は、思いっきり毒舌で対応することにした。
 しかし彼は嬉しそうに笑いながら、私の遥か上を行く。
「見た目が悪いと見向きもしないだろうに。女って言うのは気難しいな」
 馬鹿にされているのだ、と思った。
 目の前にいるのは、確かに世間で言えばイケメンと評される男だ。けれど美しいのは外見だけで、中身は腐りきっている。
 私は今までにないくらいの笑顔で告げた。
「あなたよりも中身はマシですから、ご心配なく」
「仕方がない。お前の相手もしてやろう。それなら問題ないだろう?」
「も? どういう意味ですか」
「浮気を公認しろってこ―――」
 彼はどれほど人を馬鹿にすれば気が済むのだろう。
(ごめん、お父さん。こんな人と、やっていける気がしない)
 そう思いながら、右手を思いっきり振り上げた私は、その手を彼の左頬に叩きつけた。
 呆然とこちらを見つめる彼を尻目に、部屋を飛び出した。偶然近くを通りかかっていたのだろう女中が驚いた様子でこちらへやってきたので、両親を呼んで欲しい旨を伝えると、別室へ案内された。
 予約していたわけでもないのに申し訳なく、固辞したものの、相手の方と会わないためにも、と言われて、反論も出来ず、私は部屋で待っていた。
 戻ってきた両親は、私に何も聞かずに、相手の両親へ挨拶だけしてきたと言い、料亭を後にする。
(理解しあえる訳がなかったんだわ)
 これで話はなくなるだろうかと考えたところで、答えはわかっている。
 話はなくならないだろう。いきなり暗がりの未来を想像して、私は溜息を零すばかりだった。
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