私だって望んでない

 昇降口を出てから、校門までの道のりには、桜の木が並んでいる。しかしまだその桜は、咲いていなかった。
 まだ冬と言ってもおかしくない、寒い時期だ。草花はまだ春を迎えていないし、私もこの先は冬のように感じていた。
 初めてあの男に会ったあの日以降、、私は相手の全ての誘いを断っていた。両親はそんな私を見て、やはり話を断ろうと言ってくれたものの、それは逃げることのように感じたので、それも断った。これは二人の個人的な問題になっていると思ったから。
「ねえ、優子。本当にそのお相手さんと会わずに卒業しちゃうの? 卒業して直ぐに結婚するんでしょう? 大学も行かせてもらえないなんて……」
「いいの。あんな男に学費払ってもらいたくないし。両親に迷惑をかけるわけにもいかないから」
 心配性な佐和は、あの日以来、毎日のように同じ台詞を言っている。
 普通であれば、それだけ言われれば、少し答えるのにも嫌気が差しているものだろう。
 けれど、毎日言われても、私が嫌気が差すことはなかった。むしろ毎日のように言われたからこそ、後に引けなくなったのかもしれない。
 どうしても、逃げるような真似はしたくなかったのだ。
「またね、佐和! 次会うときは、身軽になってるといいな」
 ささやかな希望を口にしながら、卒業証書を手に、私は学校を後にした。
 きっともうしばらく、戻って来れないであろう場所。しばらく通れないであろう帰り道。
 これからの道なき道を案じながら、私は一歩ずつ歩んでいった。



「優子、本当に大丈夫? 嫌なら嫌って言いなさい」
「大丈夫。……これからあちらにお世話になるのに、今更無理ですなんて言えないし」
「優子!」
 私の投げやりな言い方に、母は少し怒っているようだった。けれど、後戻りをするつもりもない私は、更に投げやりになって言った。
「平気よ。どうせ好きな人がいるわけでもないし」
 好きな人がいるわけでもなかったのは本当だ。でもそれは、心のどこかでその相手とはいずれ別れることになることを、分かっていたからでもある。
 母と共に、身の回りの整理をしながら、これからどうなるのだろうかと、ふと考えた。
 あちらには既に部屋に家具は用意されているそうで、こちらから持っていくのは洋服や靴や、小物など、必要なものだけでいいという。
 部屋はもしかして同室になってしまうのかと思い、母が尋ねたところ、「まだ成人していない娘さんと同じ部屋に、うちの馬鹿息子はいさせられないから、空き部屋の準備を整えてある」という旨の返答があったという。あちらもあちらで、破談となるかもしれないのにそこまで積極的に離れなかったのかもしれない、と都合よく捉えて、私は嬉々として荷物を仕分けていく。
 卒業を機に捨てられるものは捨てて、この部屋には家具しか残らないくらいにして行こう。
 戻ったときの為に何着か洋服を置いていってもいいかもしれない―――などと考えていたから、作業は黙々と進んでいった。
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