別れる前提でした

「優子ったら、今からお会いするんだから、もっと笑顔でいなさいよ」
 一体どこにあったのか、朝早くから起こされ、高そうな着物を着せられ、髪形まできっちり整えられた私は、父の運転する車の後部座席に乗りこむと、しかめっ面のままで空を見上げていた。
「笑顔でいられるわけがないでしょ。私は認めない」
 こんな最悪な気分の日も、空は綺麗な青色をしている。それに比べて、私の今の気分は真っ暗闇だ。
 ふと、何がこんなに怒れるのか、と思い直す。結婚したくても結婚できない人が多くなってきた世の中で、相手がいることは幸いかもしれない。結婚したくないわけでもないのに、何がそんなに怒れているのだろう。
 自由がなくなるから? それは恋人ができれば同じようなことだし、できる兆しもなかったのだから、結果的には変わらない気がする。このまま話が進まなかったら、気になっていた相手と上手く言ったかと聞かれれば、即答で否定する。今だからこそ言えることだけれど、理想と現実は違うのだから。
 それでも、怒りは収まらない。何も相談せず、全て決まった状態で伝えてきた父。せめて相談してくれれば、心の準備もできたのに。
(いきなりだったから、怒ることしかできなかったのね)
 冷静に見つめなおすと、ただ反抗したかったのかもしれない。思春期の乙女心は複雑なのだ、と自分自身に言い聞かせる。
「優子」
「会ったこともない相手となんて、うまくいくとは思えないんだもの」
 母親の慰めるような声色に、私は思わず笑みを零した。母親は不気味そうにこちらを見つめている。会話と表情が一致していないことに気づきながらも、笑みを絶やすことはできなかった。両親の気遣いが心地よい。勝手に決めたことを後悔はしていなくても、申し訳なくは思っているのだろう。
上手くやらなくてもいい。いいか、あまり相手に期待するな」
「どういうこと……」
「お前と同様、あちらもこの話は最近聞かされたはずだ。納得するはずがない」
 二人そろって、父親が勝手に決めたのだ。自分の父親を棚に上げて言えることではないけれど、あちらがしてきた話なのに、相手が知らされていないのはいかがなことか。
「……納得するはずがないって分かっていながら、無理やり話を進めていたの」
「嫌になったら別れればいい。ただし、一度は籍を入れてもらう。世間体だ、こちらに非がなければ別れたって構わない」
 つまり、相手が悪いんだという理由をつけて別れれば良い、と。
 相手もこの話に反発しているのなら、好都合だ。あれこれ理由をつけて別れてしまえば、もう終わったこととなるのだろう。
「向こうのせいにしろってことか」
「平たく言えばその通りね。問題はあちらだからね」
「かなりのワガママ息子だそうだ。扱いには気をつけるんだな」
「お互い様……」
 かなりのワガママ息子。何か、顔合わせだけで破談になるような気がしてならない。
 背筋が凍るような気がしたけれど、何事もなかったかのように、私は無理に笑顔を作った。もちろん、不自然な笑顔。隣に座る母親は、溜息を零している。
「おれを責めるなよ。おれは言ったんだ、今時、親が決めた話に頷く子供なんていないとな。むしろ快く頷くような子供に、うちの娘をやるわけにはいかないって。でもなぁ、絶対納得しないだろうから大丈夫って言い張るんだから。ったく、あいつは何考えてんだか」
 納得しないなら、上手くやっていくことも出来ないのに。それに気づかない相手の父親は、頼りにならないかもしれない。
 頭の中のメモ帳に、相手の父親は頼らない、と書き加えた。
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