Episode.2 結界主の謎(2)

「クルト、なぜ結界主は未婚の娘だけなのですか? 主に年端もいかぬ娘たちばかりですし」

 エルナの髪形を整えたクルトが、櫛を仕舞いながら、溜息を零す。

 エルナが散らかしたままの、机の上などを軽く整えると、重々しく口を開いた。

「任期は10年、10年後を見据えれば、10歳から12歳までが望ましいといわれています。それより幼ければ任務はこなせません。そしてそれよりも年が上になると、10年後の扱いに困るからです」

「いくらなんでも結婚相手が見つからない」

 そりゃそうだ、とエルナは心の中で繰り返す。小さすぎれば字などを読めないし、勉強もさせられない。平民の多くは、読み書きができる。特に女の子の場合は、結界主になることを考え、国が支援して学ぶ場を設けてくれるのだ。子供が働かなければ生きていけないような家庭には、お金の補助もある。その点、この国は良いところもあるということだ。

「はい。貴族では16歳から18歳まで、平民なら22歳まで。これが結婚の目安です。それ以上になると、女性の場合は難しい。そういう意味で、結界主が女性にしか勤まらないことは、国にとって痛手でしょうね。男性であれば出世を条件とするだけで人手が集まるでしょうが」

「いくら下級貴族でも、22を超えた女性は迎えないでしょう。彼らにとっては、出世の為の道具に過ぎないのに、平民の婚礼期すら過ぎた女性は相手にするわけがありません」

 下級とはいえ、貴族である。ただでさえ、平民を迎えることには抵抗があるだろう。その上、嫁ぎ遅れたような年の娘など、喜んで受け入れるはずがない。

 これだけ国に対抗している自分にあてがわれる先は、碌なところではないだろうと、ため息をこぼすと、クルトがいつもにまして低い声を出した。

「仕方がないのですよ。そういうものなのです。……今では、結界主の迎え入れ先は増えています。迎え入れる側の態度も、昔に比べればかなり改善されました。……少なくともいま、国に反抗したくらいではあなたの先が暗くなることはありません」

 優しく微笑むと、クルトは踵を返す。思わずエルナは、声を発した。

「クルト。あなたにも、家庭はありますか?」

 再び振り返り、クルトは驚いた表情で答える。まさかまだ婚礼期にも達しない自分に、その話をされるとは思っていなかったのだろう。

「婚約者はおりますが。まだ正式には迎えておりません。貴方は顔を合わせたことはないと思いますが、この屋敷におりますよ。私がこの任務に就くにあたって、ここで寝泊りすることになったとき、ついてきましたので。ここで働いております」

 それなら、あのとき小動物たちを選んだのは、彼女だったのかもしれない。とても人懐っこい、良い子たち。ここから出るときに、何か小さな動物を連れて行きたいものだ。

「そうなのですか。そういえば、もう3年が経つのですね。あと、2年ですか」

「その頃には彼女も年頃ですので、その機会に正式な手続きを済ませるつもりですよ。そのときまでには、貴方にも落ち着いていただかなければなりません」

 騎士の任期は5年。少なくとも、同じ結界主に10年仕える事はない。その時期に合わせて、相手を選んだのだろう。クルトは若作りだからそれでも問題ないだろうと、年に似合わないことを考えていたエルナは、クルトの台詞に思わず目を見張った。

「なぜ? 良いといったではありませんか」

「私の後任が、私のように物好きだと思われないほうが良いですよ」

 クルトがごく稀な物好き男であると、そのときまでエルナが思いもしなかったなど、クルトは考えていなかっただろう。

「そう、ですね。ところでクルト」

「はい?」

 誤魔化すように話題を変えようと、エルナは何気なく尋ねた。

「随分、無駄口を許すようになったじゃないですか」

「ただでさえ規則に縛られている貴方に、これ以上仕打ちをかけてどうするのですか。そういうことです」

 やはりクルトは物好きだ。

 そう思いながら、変わりつつある彼の態度に、エルナは喜びを隠せなかった。

 エルナにとっては、唯一の“他人”である、クルト。

 それはエルナにとって、兄のようで、父のような人だ。本当の父は、そんなに厳しくなかったけれど、独りのエルナにとっては似た存在。

「婚約者さんが、羨ましい」