Episode.1 叶える決意(5)
少年に導かれるまま、エルナは森を歩いていた。
すると見覚えのある姿をした男性が、こちらへ近づいてくる。
(クルトの部下たちだわ。似た服だって、言っていたけど)
クルトの着ている騎士服よりも、少し色合いが違うようだが、形はそっくりだった。
「おい! 少年、ちょっと危ないから離れてろ。そこの嬢ちゃんもな」
「何かあったんですか」
少年が聞き返すと、男性は少し苦笑した。こんなに正直に聞き返す人は、あまりいないだろう。
「いつものことだ、姫様を狙った輩と騎士様が戦ってる。ちょっと人数が多いもんで、この辺りに控えていた奴らも総動員してるから、出来れば外に出ていた方がいい」
自分が外に出るたびに、同じ事が起こっている。その事実に、エルナは改めて驚かされた。覚悟はしていたが、自分が外に出るたびに、多くの人々が借り出されているのだ。
「ご無事ですか、その……」
口に出すのは憚られたのだろう。結界主の少女のことを、何といっていいのかなど、分かりもしない。自分自身、何人かいる少女の一人でしかないので、結界主とひとくくりには出来ないのだろう。
「ああ、姫様は先に帰られたよ。大丈夫、結界柱は修復されたから、並みの人間には結界なんて破れないさ」
他の人々も、自分のことを、姫などと呼んでいるのだろうか。
考えると恥ずかしくなって、エルナは目を逸らした。
そんなことは露知らず、少年は再びエルナを導こうとしている。
「とりあえず、今日は外に出ようか。あ、外に出ればもう、道は分かる?」
「はい。すみません」
周辺の道は覚えているので、外に出れれば分かるはずだ。他の人に見られる前に、早く戻らなければ。
「いいって。ここ、結構迷って入ってしまう人が多いんだ。だからよく、誰か迷ってないか見に来るんだよ。特に、今日のようなときはね」
それはきっと、結界の柱を修復するときは、という意味だろう。
「大変なんですね、結界のために戦うなんて」
自分はただ、月に一度、力を捧げるだけ。あとは部屋に篭っているだけだが、きっとあの騎士たちは、エルナの為の警護を常に行っているのだろう。
「うーん。僕は彼らよりも、結界主の少女の方が大変だと思うけど」
「え?」
少年の思いがけない言葉に、エルナは変な声を出してしまって、思わず口を両手で塞いだ。恥ずかしさで頬が熱くなっていく。けれど少年は気づかないのか、そのまま話を続けてしまった。
「だって、結界を修復する為だけに10年間、騎士様以外との交流を禁止されるんだよ? 部屋から一歩も出れないなんてさ。結界を保つ為なんていって、実際は他に理由があるのかも……って、こういう話をしているのを他の人に聞かれたら、ちょっとまずいんだけどね」
「まずいって、何かあるんですか?」
「うん。まぁ、犯罪者扱いにはされるね。何ていうのかな、反逆罪とか、その辺りに引っかかるらしい。よくは知らないんだけど、この辺りでもよく連れて行かれる人はいるよ」
だから、結界主は故郷に戻れないのだろう。それは故郷で暮らす人々にとって、辛いものであるはずだ。
大切な人が奪われるきっかけを作った人たちを、受け入れられるはずがない。
けれども間違っているのは、彼らではないことも、エルナはしている。一番間違っているのは、上の者たちであることも。
「そう、なんですか」
「だけど……結界主の人たちが、自由になれる日が来るって、僕は信じてるよ。だって―――彼女たちも僕らと同じ、人間なんだからさ。拘束される理由なんて、ないはずでしょ」
「そうですね。でも、難しいことなんでしょう」
クルトが必死に庇っているお陰で、エルナは今無事に任務をこなしている。でも、エルナほど、反抗している者はいないというから、きっとそれ以上の反抗は難しいだろう。
「まぁ、簡単だったら、とっくに実現はしてるだろうけど。諦めたら終わりじゃない? そういえば、名前、何ていうの?」
よく見ると、辺りの木々は無くなって、外に出ていた。これで別れなのか、そう思うと少し寂しい気がする。
空は雲も無く、綺麗な青色をしていた。きっとしばらく雨も降らないだろう。
「エ……」
そこで、エルナ、と言ってはいけないのだと気がついた。結界主の少女の名前を、知らないとは限らないのだ。ただ口に出さないだけで、知っているのかもしれない。
「エ?」
「エジェリー」
咄嗟に出てきた名前は、幼い頃、伝え聞いた結界主の名前だ。一体何の話で聞いたのだろうか、内容は思い出せない。
「エジェリーか。僕はカール。また会えるといいね」
「今日はありがとう。……じゃあ」
カールは疑いもせずに、エルナの嘘を受け入れたようだった。
エルナはカールに手を振って、振り返った。もう、彼と会うこともないだろうか。
「またね! エジェリー」
カールの声に反応して、再び振り返って手を振ると、今度こそエルナは、屋敷へ戻っていった。
どうせ二度と会えないのなら―――少し、彼の望みを叶えてみよう。
ずっと心の中で閉まっていた願望を、解放するときが来たのかもしれない。