Episode.1 叶える決意(1)

 毎日同じ作業の繰り返しで、何の変化もない。周囲との交流は一切禁じられ、エルナが関わることのできたのは守護者として常に側にいる、騎士のひとりのみだった。

 彼の名前はクルト・バスラー。エルナの守護者に命じられ、エルナを迎えに来た3年前から、ずっと彼に教育されていた。

「これが本日の書類です。全てに目を通して署名しておいてください」

 彼は一切私語をしない。必要以上の会話をしようものなら、凍りつくような冷たい瞳で見られる。栗色の真っ直ぐな髪の毛はとても可愛らしいのに、彼はなぜか誰が見ても冷酷だ。

 いや、実際に他の人間がどう思っているかなど、エルナは知らない。外に出ることは殆ど無く、知ることは叶わない。けれどきっとそうだろうと思う。その瞳ははっきりと冷酷さを表しているのだ。

「はい」

 無駄口は許されない。口答えなど言語道断、大人しく指示に従うしか、エルナには生きるすべがない。

 エルナは3年前、流行病で両親を失った。親類と疎遠だったようで、エルナは一人で生きるしかなかった。そこに現れたのがクルトである。国王の命令で、新たな“結界主”を連れてくるように命じられていたのだ。

 エルナが暮らすのは、魔法界シンフォニアで随一の力を持つ、グラフィー国である。この国では5つの柱を用いて巨大な結界を築き、国を守っている。結界の柱を守る役割こそ、結界主である。

 結界主は5つの柱それぞれに存在し、それぞれの近くに立てられた屋敷に暮らしている。未婚の少女たちに与えられるその役割は、幼い少女には過酷なものだった。

 まず、守護者と呼ばれる騎士の他に、人と接することを禁じられる。議会への参加が義務付けられているので、そのときには他の人と接することが許されるが、それ以外には守護者としか関わることはできない。

(まだ3年、あと7年ここで過ごすのか……)

 任期は10年。まだ7年あるのだ。その間はずっと一人なのだと思うと、少し気が滅入るが、自力で生活することのできない自分のせいでもある。たとえ任務を捨てて逃げたところで、自分には生きる術がないのだ。

「終わりましたか?」

 ふと手元を見ると、全ての書類が「署名済み」の箱へと移っていた。しかし内容は一切覚えていない。仲には次回の議会の資料もあるだろう。

 たとえ形ばかりの参加で、口答えが出来ず、ただ近くで議論している姿を見ることが出来るだけでも、その議論の内容を覚えていなければ、数時間にも及ぶ議論を聞いていることなど出来ない。

「後でまた目を通しておけばよいでしょう。今なら庭が使えますが、行かれますか?」

 静かに頷くと、彼は少し笑っていた。感情を表さないクルトにしては珍しいことである。

 屋敷にある庭には、外に面する庭と、屋敷の中心にある中庭がある。彼は時折、中庭への立ち入りを許可してくれた。息抜きにはちょうど良いし、天気さえ良ければ、そのまま眠ってしまってもいい。何より、誰の気遣いか、小動物たちと戯れることができる唯一の時間だ。

「本日はいつもと違う子がおりますよ。時間は夕方までです。また迎えに参ります」

 屋敷は広い。そしてエルナは移動中誰かと接触することができないので、エルナが移動するときは屋敷の使用人は全て目の届かないところに待機しているらしい。

 エルナが心を開けるのは、動物たちだけ。風に煽られて金色の髪が舞い上がる。癖のないその髪を軽く紐で束ねると、駆け寄ってきた動物たちと戯れた。