プロローグ

 闇夜の中を、馬車は走っていた。夜目の利く御者が馬を走らせ、国によって整備された道を僅かな明かりだけを頼りに走っていた。昼間に比べれば幾分も速度は緩く、音も揺れも少ない。御者と、騎士と少女を乗せた小さな馬車を照らすのは、満ちた月のみだった。

 真っ暗な闇の中、ただ唯一輝く月は、まるで馬車へ道を教えるかのように、道を照らしている。真夜中に走る馬車の音で目を覚ます民は誰一人いないのが不思議である。

 揺られる馬車の中では、男が、自らの腕の中で安らかに眠っている儚い少女を、哀れに思っていた。彼女は今日、まだ生まれて12年という幼い年齢ながら、独りとなって、これから国の犠牲となる娘である。

 男は貴族の身の上だが、不出来な兄の為に家を出て、身体能力の高さを生かして騎士となった。これから数年間、自らが仕えることとなるこの娘が見せてくれた、その無邪気な笑顔が見れなくなるのかと思うと哀れでならないのである。

 初めて会った男に、勝手に自分の運命を決められてもなお、“必要とされること”に重きを置いた少女だ。きっと懸命に使命を果たすだろう。しかし彼女の置かれる立場は、決して良いものとは言えなかった。

 10年間もの間、自らの自由を奪われ、周囲との交流も厳しく制限される。そしてただ国のために力を使い果たすのが、彼女が命じられた役目だった。任期が終えた頃には厄介払いされるように田舎に追いやられて、自由となったはずのその後の人生さえ、決して楽なものではないということを、彼はつい先日見てきたばかりである。

 しかし男は騎士としては新米である。腕があるからこそ、この仕事を任されたものの、まだ国に逆らえるほどの権力も実力もない。いくら国のやり方に不満があろうと、それを口にすることはできないのだ。

(どうかこれまでの娘たちのように、残酷な結末とならないでくれ……)

 ここ数十年間、その役割を担ってきた娘たちの結末は、みな同じである。それを知らされているからこそ、彼は彼女を守りたかった。決して国に逆らわず、どんなときでも従順であること、それだけがこの娘の生き残る術である。ここ数十年間にわたり“変革”しようと奮闘した娘たちは、いずれも結果を見出せぬまま去っていった。彼女たちのような運命を辿(たど)らせたくはない。

 どうかこの娘が無事に任務を遂行し、そして解放されるとき、この娘を大切にする男が現れるようにと、男はただ願っていた。