Episode.1 叶える決意(2)

「本日より、この部屋から外に出ることを禁止するという規約が追加されました。」

 いつもより深刻そうな顔をして、やってきたクルトが、いつになく不機嫌そうな様子で告げた。

 屋敷から、ではなく。

 部屋から・・・・、出てはいけない。

 まるでこちらの様子を逐一掴んでいるかのような指示である。それまでなかった“規則”の誕生に、喜ぶものは誰一人としていないだろう。いるとすればエルナ達を―――結界主を“規則”で縛ってきた国の上層部の者たちだ。

 結界主を定めるのも、結界主たちに指示を出すのも、国王ではなく議会が行っている。国王という存在は飾りでしかないようで、国王の意見が尊重されることはない。

 おそらくはきっと、自由に遊んでいる姿が気に障った誰かが報告したのだろう。結界主は黙って部屋に篭っていればいいという感覚が、この屋敷の者にはあるようだったから、それも不思議ではない。

「庭にも、行けないということですか」

「はい。会議以外の用件で部屋から出ることは禁止されました。上の命令ですので従っていただきます」

 クルトは“規則”には厳しい男だ。“規則”が出来た以上、今後あの時間をとることはできないだろう。

 結界主の部屋に持ち込めるのは、毎日3回の食事と、議会に承認された本、編み物の道具や裁縫の道具などである。生き物の持ち込みは禁じられているので、もうあの動物たちと触れ合うことはできない。エルナが任を解かれたときまで、彼らが元気でいる保証はないのだ。

(良い子たちだったのに、残念だわ)

 人懐っこい性格の子を集めたのか、たまたまエルナに懐いただけなのか、動物たちは皆、初対面でもエルナに懐いた。とても可愛い動物たちを、エルナはかなり気に入っていたのだが、もう会うことはできないと思うと少し残念な気持ちにもなる。

 けれどそこで粘ったところで、願望が叶うことはまずないことも、エルナは知っていた。

 窓の外には自由な世界が広がっているのだろう。

 会議の為に城へ赴くとき以外、エルナは屋敷から出たことがない。この屋敷に連れられてきてから、自由は一時もなかった。

 やっと手に入れた、自由のはずだった。

「先日の書類を読み直してください。それからこちら、新しく入った本です」

 エルナの部屋には、定期的に本が持ち込まれ、エルナが何も言わなければ、それらは一定期間で入れ替えられていく。好きな本はあらかじめ伝えておくと、そのまま残しておいてくれるそうだが、エルナは本を読まなかった。

(どの本も、つまらない本ばかりだわ。一つくらい物語があってもいいのに)

 小説や絵本などの、物語が描かれている本は一切ない。大きな本棚にどうしたらあれだけ揃えられるのだというほど、難しい書籍しか残っていないのだ。

「……新しい材料も仕入れておきました。いつもの通り、籠に入れてありますが……たまには本も読んでください」

「読んでほしいなら、もう少し読まれやすい本を持ってきてくださいね」

 いつもの通り要望を出すと、クルトは黙って目を瞑ると、そのまま部屋を退室していった。

 エルナが本を読まず、ずっと編み物や縫い物に没頭している為、今では毎日のように新しい布などが届けられる。

 最初は見た目が悪く使い物にならなかったが、毎日続けていったためか、今では外で売れるほどの出来になった。エルナが飽きず小物を作り続けるので、今ではそれらを売ると、材料代を除いて少しの利益が入る。

 材料の入った籠を見ると、また見新しい布が入っていた。これをどう切って何を縫おうか、何を編もうかと、エルナは心を躍らせて考えていた。