7:忘れられない過去

 2人が出て行った扉から目を背けたシモンは、机で肘をつきながら、1年前の自分を思い出していた。
 長い髪、それはシモンにとって思い出したくのない記憶を思い出させる、忌々しいものだ。父が連れてくる花憑きたちの多くは、髪が長い。髪を短くする少女 は少ないので、必然的にそうなのだが、特にフェリシテと同じくらい長い髪の少女は少なかった。毛先を切りそろえたり、ある程度の長さを保つことの方が多 い。長すぎる髪は邪魔だと聞いたことがあるので、一般ではそれが主流なのかもしれない。否、これまでの少女たちを見れば、それが主流であることは間違えな いのだろう。
「何故、よりにもよって今日なんだ」
 ちょうどあの出来事から1年が経つ。それから父は花憑きの中でも、幼子たちを引き取ることが多くなった。フェリシテほど自分に歳が近い少女は、久しく会っていなかった。
 一体あの父は、何を考えているのか。今まで避けて通ってこれた道を、あえて進む必要はないというのに。
「いつになったら、忘れられる? 一体……。いつになったら」
「シモン。違えるな、フェリシテは“花憑き”だ。彼女とは違う」
 ふと現実にかえる。フェリシテたちが出て行った扉を振り向くと、父の姿がある。父のことだから、きっと何処かで二人の会話を聞いていたに違いない。
 シモンは昂る(たかぶる)気持ちを抑え、父を睨んだ。父の言葉は間違っていない。フェリシテを見たときから、1年前の出来事が思い出されていた。
「分かっていますよ。ただの友人です。それ以上ではない」
 それ以上の会話を拒むように、シモンは顔を背けた。会話が進むたびに思い出される過去。それは今のシモンにとって一番思い出したくない出来事だ。
「お前の心配などしていない。お前の中途半端な好意が、彼女を傷つけると言ってるんだ」
「父上に言われずとも―――」
「同じ事を繰り返すな。彼女がいつ戻ってくるか分からない。その状態でフェリシテを弄ぶようなことは、私が許さん」
 随分フェリシテに肩入れするものだ、と反論しかけて、シモンは口を塞いだ。今まで長髪の少女がやってくるたびに繰り返されてきた文句だと言うことを思い出したからだ。フェリシテだけが特別ではない。もちろん、これまで以上に警告が必要だと言うことはあるのだが。
(いや、それだけではないかもしれない)
「分かっています。フェリシテを、傷つけるようなことはしませんよ」
 席を立ち、部屋を出ながら、自らに言い聞かすように言い返した。