5:この炎で

 シモンはフェリシテから石を回収すると、フェリシテを書庫へと案内した。花魔女や花憑きに関する書物が集められているというそこは、本や書類が多く置かれていた。
 シモンは迷わず一冊の本を取り出すと、フェリシテに差し出した。フェリシテは困惑したものの、本を受け取って開いた。しかし、文字を知らないフェリシテには、その本の内容を理解することは難しく、眉をひそめた。するとその意を悟ってか、シモンが本を手に取り、内容を確認している。その動作の素早いことを 見ると、もう既に読んだことがあるのかもしれない。
「この本は、花憑きの能力でも火の能力についてまとめたものです。いったいこの本がどうやって作られたのかは定かではないのですが、火の能力を使った魔法についての記述があります」
 辺りを見回し、机を見つけたシモンは、机の引き出しから紙と羽ペンと、インクを取り出すと、文字を書き始める。文字を知らないフェリシテには良く分からなかったが、彼はそんなフェリシテを無視して書き綴っている。ふと見ると、おそらく同じであろう文字が、本にも載っていた。書き写しているのだろう。
「貴方は文字が読めないのでしょう。これを読むことは出来ないでしょうが、万が一今から教える呪文を忘れたときは、周りの人にこれを読んでもらうといいでしょう。この魔法は花憑きの、しかも火の属性を持つものしか効果をもちませんから」
 そう言いながらシモンはその紙をフェリシテに差し出した。フェリシテは文字を知らないが、それでも彼の字が読みやすいのであろう事は推測できた。彼の字は、本に書かれている文字に似ていたからだ。
 フェリシテが紙と睨めっこしている間に、彼は羽ペンとインクを片付けていた。そして片付け終わると、フェリシテから紙を取り上げ、読み始めた。
「ヴュール・フマル―――両手を差し出しながら、囁くように呟いてください。決して、息を吹きかけてはいけません。ただ呟くだけですよ」
『ヴュール・フマル』
 フェリシテが呟くと、手のひらに炎が浮かび上がった。掌には痛みも、熱も感じないが、少し辺りの空気が暖かくなっているのを感じる。炎は安定して燃え続けていた。
「貴方の魔力で燃えているのですよ。そのまま息を吹きかければ、その炎は辺りを燃やします。……幻想ですから、本当に燃えることはありません。辺りへの影響は少し気温が上がる程度です。消すためには―――ブロット」
『ブロット』
 言われたとおりに口にすると、炎は消えてなくなった。シモンによると、炎の強さは声に比例するという。今回は囁くように呟いただけだったので、掌にうまく乗ったが、大声で詠唱すれば、近くにいる花魔女へ届くこともあるそうだ。ただし、花魔女に当たるのは姿が見えているときに限られる。目の前にいない敵に当てることはできない。
「これが基本の魔法です。あとは工夫次第ですよ。ところで、大変失礼ですが、貴方はお幾つですか?……いえ、女性にこういうことを伺うのは失礼ですよね」
「17です。気になさらないでください。シモンさんは?」
「同い年ですね。驚きました。よければ、呼び捨てにして下さい。堅苦しいのは苦手で」
 フェリシテは思わず笑みを零した。一体心から笑えたのはいつぶりだろう。困惑するシモンに向かって、フェリシテは頷いた。
「お互い様、ってことだね。人を呼び捨てにするのは、慣れてないのだけど」
「堅苦しいのは疲れるだけだよ。これから疲れることが多くなるだろうから」
 その言葉の真意を何度尋ねても、彼は教えてくれなかった。