3:欲しかったもの

 彼は、フェリシテの母のことを言っているのだと、理解するには少々の時間を要した。フェリシテにはその実感が一切なかったからだ。しかし、ロドルフは彼女がフェリシテと血の繋がりがないと言うことを知らない。血の繋がりのない相手が、世間に忌まれる存在であれば、すぐに追い出したくなる気持ちが理解できるはずだ。
「母は、亡くなりました。あの女(ひと)は、父の再婚相手なんです。父が再婚してから、家事は全て私がやっていました。私は、それくらいにしか役に立たないから……いえ、それでさえ出来なかったんです」
 役立たずなのだ。それはどこに行っても変わらない。自分は家事さえ完璧にこなせない。17にもなって、家事で少しでも出来ないことがあるなど一家の恥だと、継母に何度も叱られた。その度に気をつけたが、結局継母の“完璧”を乗り越えることはできなかった。
 今でも悔しい。他所に出せる身ではないのに、自分は家に入れない存在になってしまった。完璧ではないのに、外に出てしまったのだ。
「君の年で家事を完璧にこなせる子などいないだろう。家事は、積み重ねていくうちに上手に、効率よくできるようになる。君の義母さんは家事を見せたことがあるのか?」
 フェリシテは首を横に振った。本来、家事は長女の仕事だと、フェリシテは教わってきた。フェリシテの母が家事をこなしていたのは、まだフェリシテが幼かったからだと。
「家事はその家の女主人がこなすものだ。我が家は手伝うものがいるがね。一般家庭では、妻や母という立場の者が家事をやるもの。花嫁修業の一環として手伝わせたりすることはあるだろうが、家事に完璧さを求めることなどないだろう。君の義母さんは、良い人ではなかったのだろうな」
「家事は、長女の仕事だと……。家事を完璧にこなせない娘は、家の恥だと、言われていました。だから、毎日早起きして、ご飯を作って、後片付けをして、掃除と洗濯をして―――何度やっても、継母は、いつも怒って―――でも、認めてもらいたかったから」
 彼がハンカチを取り出し、フェリシテの頬にあてた。その時初めて、自分が涙を流していると知った。自覚すると、溢れぬばかりに涙は溢れてくる。何故、泣いているのか、フェリシテには分からなかった。けれど、胸の中で溜まっていた何かが、浄化されていくような心持ちがした。
「フェリシテ。人は完璧でないんだ。完璧を追い求めてはいけない。ここではそんなことをさせる者はいない。ここにいればいい―――われらが組織に」
「父上、失礼します。お話とは―――そのお嬢さんは、まさか」
 ドアが開き、入ってきたのは、フェリシテと同年代の少年だった。
 フェリシテがあわててお辞儀すると、彼も同じようにお辞儀をする。その動作は優雅なものだった。
「シモンと申します。……父上、彼女も花憑きなのですか」
「ああ。フェリシテだ、仲良くしてやってくれ」
 シモンへそういい残すと、ロドルフは部屋から出て行った。残されたのは、フェリシテを悲しげな瞳で見つめるシモンと、そんなシモンを不思議そうに見返すフェリシテだけだった。