2:遺された時間

 紅茶を飲み終えた頃、先程の男性が、着替えを済ませてやってきた。
「花憑きや花魔女については、聞いたかね? では、今後の話をしよう。君には花から授けられた力があるはずだ。そして力のある限り、死ぬことは出来ない。しかし力を失えば、君は化け物と化して、同じ花憑きに始末されるだろう」
 男性は淡々と、しかし神妙な面持ちで告げた。フェリシテは何も感じなかった。
 継母がやってきてから、自分の感情が欠落してしまったのを、フェリシテは知っていた。自由もない不幸な生活が、自分の心を失わせていた。
「ただひとつ、君が元に戻るためには、花魔女を殺すしかない。殺せなければ、前例どおり、君の魔力が途絶えたとき、怪物と化して始末されるだけだ」
 繰り返すように、淡々と男は告げる。まるでこれは死刑宣告のようだと、フェリシテは思った。否、前例がある以上、おそらく花魔女を殺すのは難しいのだろう。となれば、近い未来に死がおとずれるかもしれない。
「ああ、そういえば名を聞いていなかったな。私はロドルフ、この屋敷の主だ。君の名は?」
「フェリシテ、と申します。……開花するまでには、どれくらいの期間があるのですか」
 死への恐怖などない。継母がやってきてからの地獄の日々を思えば、死ぬことは恐ろしくない。けれど、もし時間があるのなら、その時間は大切にしたい。
 フェリシテにとって、何より恐ろしいのは死ではない。
 もしかしたら、感覚が麻痺しているのかもしれないと、フェリシテは思った。今まで時間に追われる生活をしてきたことが災いしてか、時間を無駄にすることが、何よりも惜しいのだ。時間があるなら、そのうちに出来ることはいくらでもある。もうしばらく会えていない友人へ、せめてもの別れを告げることもできる かもしれない。
「個人差はあるようだが、5年ほどになるだろう。もちろんこれは、花魔女討伐などで魔力を消耗した場合だ」
 5年もあるではないか。そう思ったフェリシテは、自分の感覚がやはりおかしいのだと実感した。人の一生は半世紀以上なのが一般的だ。もちろん、病や事故で早く亡くなる者がいないわけではないが、それは全てではない。ましてや、フェリシテはまだ17歳だった。その年で余命が5年だと言われれば、泣き叫ぶのが一般的なのだろう。
 その時、ロドルフが可笑しそうに笑い始めた。フェリシテが思わず彼の顔を覗き込むと、彼は笑うのを止め、すまん、と一言詫びた。不快でなかったフェリシテは、一瞬なぜ彼が詫びたのか分からなかった。ただ、なぜ笑っているのか分からず、顔を覗き込んでしまったのだ。そこで、笑ったことを不快に感じたと思ったのだと気づいた。
「いえ、驚いただけです……人の笑う顔を見るのは、久しぶりだったので」
「どうやら君のご家庭は、少々異常なようだね。否、確かに娘が花憑きだと知れば、家から追い出すことは珍しくないだろうが―――何も持たせずに送り出す親は、初めて目にしたよ。うちの組織に来る子たちは、みな親から預かった子たちばかりだからね」