1:孤独と引き換えに

「近づかないで! どれだけ迷惑をかければ気が済むのよ。役にも立たないあんたをおいてやってたのに、その上花憑きですって! 出て行って、二度と戻ってこないで!」
 夜が明け、娘との出来事を継母に打ち明けると、それは花魔女だという。継母はお前は契約したのか、と尋ねた。少女―――名をフェリシテという―――は正直に、そうだと思うと言った。隠しても仕方がなかったし、それほど重要なことだとも思っていなかった。
 すると継母の態度は激変した。珍しいことではない。機嫌が良いときのほうが少ないのだ。挙句の果てに、ついにフェリシテは家を追い出されてしまった。
 フェリシテにはその理由が分からなかった。花憑きという存在になってしまった自分が、継母には邪魔だったのだろうか。フェリシテは花魔女と言う娘についても、花憑きという存在も知らなかった。ただ、今日の夜はどう過ごそうか、そればかり考えていた。
 すると、親子の会話を聞いていたのだろう。父と同じくらいの男性が、フェリシテに声をかける。
「君は、花憑きなんだね? 我が家においで。我が家なら、君を匿える」
 フェリシテには状況がつかめなかったが、このまま屋敷の前にいるわけにもいかない。花憑きという言葉の意味も知りたかった。
 男に導かれるまま着いた先は、フェリシテの家よりも遥かに大きな屋敷だった。
「お帰りなさいませ。……そちらのお嬢さんは、何処から?」
「あぁ、おそらくは花憑きだろう。何も知らないようだから、教えてやってくれ」
 男性は少し席をはずすから、知りたいことは彼に尋ねてくれと言い残すと、屋敷の奥へと姿を消した。
「初めまして、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「フェリシテ、と言います。あの、……花憑きって何ですか? 花魔女って」
 彼は優雅な動作で口元に指を一本立てた。静かに、と言うことだろうか。
 フェリシテに場所を変えましょうと言うと、彼は男性が消えていった方とは違う廊下を歩き始める。フェリシテは黙って彼についていった。
「さて、ここなら良いでしょう。―――花魔女とは、ある日突然この国に現れた存在です。神出鬼没で、この島のどこにでも現れると聞きます。貴方ぐらいの若い子供を狙っては、“契約”を持ちかけるのです」
 彼はどこから道具を持ってきたのか、お茶を入れ始め、フェリシテに差し出した。ミルクのたっぷり含まれた、甘い紅茶だった。フェリシテが大好きな味だ。
 勧められたままにソファに腰をかけると、甘い香りが漂った。こうしてゆっくりくつろぐのは、いつ以来だろうか。
「契約、とは……?」
「ある者には復讐を、ある者には愛を、ある者には幸せを―――様々な願いをかなえる代わりとして、魔力が与えられ、花が植えられます。魔力が尽きたとき、花が開花し、花憑きは怪物と化すそうです。残念ながら、見たことがございませんので、これ以上は申し上げられないのですが」
 今はゆっくりして下さい、と微笑むと、彼は部屋を出て行った。