プロローグ

 少女は目の前に立つ、自分と同じくらいの年であろう娘を見上げていた。
“貴方の願いをかなえてあげましょう”
 そう優しい声を囁いたのは、幻聴だっただろうか。
 辺りは既に暗くなり、闇に包まれている。唯一光るものは、満ちた月だけだ。自分は月に似ていると、少女は思った。太陽のように、皆に気づかれることなく、人々を包み込んでいる。その努力が報われることはない。
 少女の母は、数年前病で亡くなった。父はすぐに再婚し、継母との間に男子をもうけた。跡取りとなる男子が出来たことで、少女は父にさえ忌まれるようになった。―――役に立たぬ娘だ、と。
 働かぬ継母の代わりにどれだけ家事をこなしていても、父が態度を変えることはなかった。継母は父が何も言わないのをいいことに、少女に全てを押し付けた。料理、洗濯、掃除。継母がやることは子供の子守だけ。何も動くことはせず、少女は自由さえ与えられなかった。
「何を迷っているの? 自由になりたいのでしょう? 幸せになりたいのでしょう?」
 娘は少女を巧みに誘導しようとしている。この誘いにはのってはいけない、そう頭では分かっているのに、少女はその手を振り払うことが出来ない。娘の言葉が頭の中で木霊している―――そうなら、この手を取りなさい。そうすれば願いをかなえてあげる、と。
 そういう娘は、右目と左手、そして頭に、漆黒の薔薇を身につけていた。
(―――どうやって、あんな綺麗な薔薇を飾っているのかしら。何か、隠したいものでもあるのかしら?)
 少女はいつのまにか、その手を握っていた。