19:訪れた変化

「フェリシテとセザールがいないの! 誰か何か聞いてない? 二人とも、荷物もいくつかなくなっているのよ」
 広間に駆け出してきたリアは、寝間着のままだった。ユーグは着替えくらい済ませてくればいいのにと苦笑を漏らしながら、ゆったりとした口調のままリアに応える。
「リア、言わずとも理解しているのでしょう。シモン、フェリシテから伝言です。―――もう会うことはないでしょう、とね」
 部屋の片隅で、ユーグの入れた紅茶を嗜んでいたシモンの動作が、一瞬止まった。と思うと直ぐに再び紅茶を口にして、何事もなかったかのように机へと置き直す。
「ユーグ、知っていたの!? なぜ黙っているのよ」
 リアに詰め寄られると、ユーグは一つのメモを取り出し、リアへ渡した。
 リアは顔色を変えてそれを見ると、力なくその場へ座り込んだ。
「昨晩、真夜中ですが、僕の部屋の扉を目掛けて投げ込まれてきたのですよ。おそらくセザールの仕業でしょう。筆跡はセザールですが、内容はフェリシテが考えたに違いありません」
「セザールの故郷はあの町だったな。帰った、のか。フェリシテを連れて」
 ユーグは空になったシモンのカップを手にして、再び茶を注ぐ。幸いまだ温かいようだ。例え冷めていたとしても入れなおす気にはなれなかっただろうが。
「……ここに留まったところで、彼には何の利点もありませんから。余生をのんびり過ごすには良い地です。彼らは働くことさえ怠らなければ、我々を差別しない。貴方たちのようにはね」
「何を。僕たちは君たちのために」
 その言葉を遮るように、ユーグはシモンの目の前にカップを置いた。こぼれぬ程度の勢いで置いたので、少しシモンは驚いたようだ。ユーグがこのように感情を露にするのは珍しい。
「フェリシテを玩具のように捨てておきながら、よくも言えますね。従順で優しい花憑きよりも、逃げ出すが花憑きではない娘の方に価値を置いている時点で、貴方は我々の敵です。―――失礼ながら、僕も本日をもってこちらを出て行くことにしました。信用できないのでね」
 シモンが顔を上げると、そこにあるのは今までにないくらい表情を強張らせた男の姿だった。
 それは決して、彼女を手に入られなかった嫉妬になどによるものではないのだろう。ユーグは彼女を妹のように可愛がっていたのを、シモンは知っている。言葉にはしないが、彼の接し方はアベルへのそれと同じだったのだから。
「ちょっと、ユーグ! 独りで決めないでよ! アベルはどうするつもり?」
「リア。行こう。もう僕たちがここにいる義理はない。アベルはとっくに決意している」
 何度もユーグとシモンを見比べてから、リアはユーグの手を取った。