18:それでもいいのなら

「―――どこに行く気だ、フェリシテ」
 真夜中、辛うじて満月の光が地を照らしているだけの暗闇の中、こっそりと屋敷を飛び出したフェリシテを何かが妨げた。
 ふと顔を上げると、そこにあるのはセザールの怒りに満ちた表情だ。
 周囲に気配はない。おそらく彼一人なのだろう。
「思い出は思い出のまま、終わらせたいの。このままいれば、迷惑をかけるだけでしょう」
「何故お前が出て行く必要があるんだ。気まぐれにシモンを弄んでいるあの女に、お前が劣るというのか? あいつだって平民の娘だ」
 シモンの幼馴染という縁で婚約したという話は、広間でも聞こえていた。
 それでもフェリシテには、自分が叶わない部分があることを知っている。
「私は花憑きよ。それだけで理由は十分でしょう? ……花憑きがどれだけ憎まれているか、あなただって分かっているはずしょう」
 僅かながらの荷物を胸に抱えて、しっかりとセザールを見据えた。目を逸らしたら、連れ戻される気がしていた。
 セザールは馬鹿な男ではない。自分自身が花憑きである以上、世間の目の厳しさをよく理解している。だからこそ屋敷の外に出れば生活など困難であると、彼は知っているのだろう。
「もう、元には戻れないのか。何も感じていなかったはじめの頃のように、良き友人としては関われないんだな」
 フェリシテは黙って頷いた。彼は溜息を吐き、そして開いていた側にある窓から、部屋の中の何かを取り出している。
「何をしているの? セザール?」
「俺も行く。お前を独りにはさせないよ。……行く当てがあるんだ。俺の故郷だ。小さな村だが、偏見などはない。働く奴なら誰でも歓迎する、そういう町なんだ。一緒に来てくれないか、フェリシテ」
 その言葉の意味は、問うまでもない。
 けれどフェリシテには、まだ胸の中で忘れることの出来ない想いがある。それを抱えたまま、彼を頼ることは、都合の良い相手としていることに他ならないだろう。
「……セザール、あなたはそれでいいの?」
「何もかも、受け止める覚悟くらい出来てるさ。どうせ短い命なんだぞ。思うままに生きた方が気楽じゃないか」
 目の前にいるのは、フェリシテの知るセザールではなかった。
 出会ったときはあんなにも幼稚で、幼いようにしか見えなかったのに、いつの間にこんなに大人になったのだろう。姿と心が一致している。
「あなたが望むなら、私はついていくわ」
 お互いが満たされるまでは時間がかかるだろう。けれど二人でなら、どんなことも乗り越えていける気がしていた。