17:全て分かっていた筈なのに

 透き通る白い肌、腰まで伸びた金色の、ウェーブのかかった癖のある髪。そして蒼い瞳。それはまさしく自分が鏡の前にいるようだと、フェリシテは感じていた。ただ僅かながら彼女の方が髪が短く、フェリシテは髪を束ねているだけで、もし二人が同じ格好をしたなら、見分けがつかないかもしれない。
 蒼い瞳というのは、よくある色ではない。フェリシテの知る限り、あまり一般的な色ではなかった。金色の髪はこの島の住民の特徴で、癖のある髪質も珍しい話ではないが、瞳の色が他人と被ったのは、フェリシテにとって初めての経験である。
 強いて違いを述べるなら、彼女の方が強い意志を瞳から感じられるということだろう。
「あら、本当にそっくりね! 花憑きでなかったら、シモンをとられていたところだわ」
 花憑きでなかったら。
 花憑きでなかったら、彼と幸せになれたのだろうかと、考えなかったわけではない。
 シモンに婚約者がいるということは、シモンと仲良く接している自分に対する周りの雰囲気で気がついていた。これほどの屋敷に住む家の跡取りなのだから、決まった相手がいるのは当たり前である。彼がフェリシテをしきりに気にかけてくれたのは、たまたま歳が近いからだと思っていた。
 けれど次第に理解した。恋もしたことがなかったフェリシテでも理解できた。シモンが見ているのが自分ではないということを。
 花憑きでなかったら、シモンと出会うことはできなかっただろう。けれど出会っていなかったら、この想いを抱くことは二度となかったのかもしれない。それが幸せなことなのか、不幸なことなのか、それはフェリシテには分からない。けれど経験できたことは良いことだと、フェリシテは思っていた。
「何を言うんだい、僕には君だけだよ。でもとられたくないと思うなら、勝手に出て行ったりはしないで欲しいな」
 自分と話すときとは比べ物にならないくらい、甘い声。
(所詮は、身代わりなのね)
 頭の中では理解していた。けれどずっと信じれずにいたその真実を、フェリシテは受け止めきれそうになかった。
 このまま、この屋敷で、何事もなかったかのように接することなどできるのだろうか。
(そんなことは、できない。だってここは……思い出の場所だもの)
 僅かな期間ではあっても、彼と過ごした思い出の場所。それが例え片道通行の想いであっても、フェリシテには大切で幸せな時間だった。
(独りにはなれているもの。ここで迷惑をかける訳にはいかないわ)
 もう二度と、皆と顔を合わせることはないかもしれない。生きて出会うことは難しいかもしれない。残された命は決して長くない。けれど、このままでいたくなかった。
 盛り上がっている皆を尻目に、フェリシテは広間を後にした。