14:花憑きだから

「―――どういうつもりですか、シモンさま」
 フェリシテとリアを送り出してから、ソファーで寛ぐシモンに、お茶を用意したのはユーグである。シモンは優雅にそれを受け取り嗜んでいる。すっかり執事のような仕事もこなせるようになったのは、周りのお陰というべきだろうか。
 ちなみにシモンのことをさまを付けて呼ぶのはユーグくらいである。他の面々は立場を気にとめずにシモンと話しているので、敬称を付けることはない。
「何のことだい、ユーグ? 何か言いたいことがあるならはっきり言った方が身のためだよ、セザール」
 静かにシモンを睨み続けていたセザールは、眉を潜めたまま、いつもの表情に戻る気配は無かった。シモンの座るソファーから離れた壁にもたれかかっている。
「単刀直入に伺います。フェリシテをどうするつもりですか。フェリシテで弄ぶのは止めていただきたい」
「まさかあんなに似ている人間がいるとは思わなかったよ。花憑きでなければ良かったものを……残念だね」
 シモンは否定する素振りを見せなかった。行方不明の婚約者に良く似た少女に、心が揺さぶれるのは仕方がないだろうとユーグは思うのだが、セザールには気に食わないらしい。
 確かに彼女は彼女だ。それ以外の何者でもないし、ユーグの記憶するシモンの婚約者とは、性格が似ても似つかない。あの娘は活発な娘だった。フェリシテのように大人しくもなく、度々失踪を繰り返していたというから、行方不明といってもあの娘にとっては少々出掛けている感覚なのだろうと、ロドルフが苦笑していたのを覚えている。
「彼女は渡さない。貴方のようにいつまでも消えた女の後姿を追い回す男に、彼女は任せられない」
「―――君がそのつもりでも、彼女はどうかな。君は彼女に好かれてはいないだろう? どうやって僕から守るつもりだい」
 セザールは正直な男だ。悔しいときは悔しがるし、悲しいときは泣く。ユーグのように感情を殺すことはできないから、一人部屋に篭って感情を収めることもある。
 フェリシテやリアがいるときに、あからさまに感情を表に出すことは無かった。けれど男だけになるこの夕刻には、よくこうやってシモンに対し怒りをぶつける。
「安心してよ。跡継ぎが花憑きの娘に付き纏えるほど、我が家は外聞を気にしないわけじゃない。我が家であっても、花憑きと必要以上の関係にはなれないからね」
「シモンさま!」
「セザール、覚えておいて。僕は決して彼女が似た容姿だから気に入っているわけではないよ」
 今にも泣き出しそうな顔で、無理やり笑顔になったような、そんな表情を浮かべたまま、シモンは出て行った。