12:花魔女の罪

「とはいっても、基本の術さえ出来れば後は応用だけなんだよね。強いていうなら、集中力と忍耐力が必要かな」
 書庫で本を読み漁りながら、紙を取り出して何か書き記している。おそらくは炎に関係する術なのだろう。けれど今まで聞いた話によれば、あまり多くの術を知る必要はないのかもしれない。
「集中力……」
「基本を応用すれば、ほとんど一つの技で戦うことはできる。基本術で一番一般的なのが、昨日教えた技だよ。それを応用して新たな技を作る者もいる。原理は同じだからね、どうやって想像力を広めるかで、効果が違うんだ……ってこの手記には記されている。」
 見ればシモンが手にしているのは、一件本にも見えるが、中身は日記のようで、その文字は手書きだ。文字を読むことは出来ないが、製本された本の文字とは違い、少し癖のある字になっている。所々訂正が加えられてあるし、日付が入っているものもある。
「これはかつて"炎"の力を得た花憑きたちの手記のひとつだよ。ここにある本の殆どは、花憑きたちが遺していった手記だ。術の種類や効果、取得経緯が書かれている。―――この先現れる後輩のためにね」
 花魔女が一体いつから出現していたのかは定かではないという。けれどシモンの父、ロベルトが花憑きたちをここに住まわせるようになったのが今から20年前だと言うから、この10年でこれだけの手記が集まるほど、犠牲者は耐えないのだろう。勿論、マメな人は何冊も残しただろうし、すべてのページを書き終えずに亡くなった人もいるだろうから、一概には言えない。
「なぜ花魔女は、こんなことをするの……」
「―――これは彼女自身の罪なのだと、前に言ったのを聞いたことがある。彼女があの姿になったのは、彼女が"求めてはいけないもの"を求めたからだと」
「求めてはいけないもの?」
 シモンはある一冊の本―――手記を取り出した。手記の表紙と背表紙には、それぞれ色分けがされている。火は赤、風は桃、植物は橙、雷は黄、水が青、氷が紫、そして治癒が白。だがその手記はそれらの色ではなかった。―――黒色だ。
「詳しいことは分かっていない。何しろ神出鬼没だから、話を聞くこともできないんだ。ただ彼女自身が、契約の際に"禁忌を犯せば、自分のようになる"と言ったことがある」
「それが彼女の罪―――もしかしたら彼女は、誰かを救うためにためにあの姿になったの……?だからあの姿になって矛盾した行為をしている」
 シモンは何も言わなかった。そ分からないから言わないのか、分かっていて言わないのかは分からない。けれどシモンがどこか、悲しげな表情を浮かべていたことだけが、フェリシテの記憶に焼きついた。