10:初めての任務

「フェリシテさん、いきなりで悪いけれど、また花魔女が出たみたいなの」
 目が覚めて準備された服へ着替えを済ませ、昨日のように広間でお茶を入れようと準備を始めた頃、既に準備が整った様子のリアに声を掛けられた。お揃いの服はまるで軍隊の制服のようだ。戦争とは無縁のこの島では名ばかりの軍隊ではあるが。
 花魔女は突然現れ、突然姿を晦ます。情報が流れればすぐさま駆けつけ、戦いを挑まなければ、彼女はあっという間に退散してしまうのだという。
 フェリシテが入ってきた扉とは違う、“緊急時専用”として後々に作られたのであろう扉から、フェリシテは飛び出していく。靴は着替えと共に履き替えてある。その姿は未婚の娘のものとはいえない格好だが、通り過ぎる住民の誰一人、驚く様子を見せない。むしろ皆が笑顔で見送っている。
 フェリシテはリアの右斜め後ろを走っていた。正面を向いたまま口を開くと、突然足を止め、フェリシテの少し前辺り、彼女の真横を向き、指差した。その指の先は建物の屋根、人が登れるところではない。
「3人もすぐ来ると思うわ。私たちで時間を稼ぎましょう!」
彼女は口元で何か呟く。その声は小さく聞き取れなかった。直後、辺りの風が一瞬にして冷たくなった。鳥肌が立つほどの冷気に驚き振り向くと、鋭い氷の刃が、リアを包み込むように輪になって広がっている。氷こそ、彼女が得た力なのだろう。
リアの腕の動きに合わせて、氷は舞うように動いている。その中の一つを指差しながら、リアが腕を振り上げた。
 まるで空中を掛ける隼のように、そのたった一つの氷だけ、花魔女に向かって突進していく。体を傾けて避けられると、何事もなかったかのように戻ってくる。それが速い動作で繰り返されていく。彼女たちの戦いは優雅で、まるで何かの演劇を見ているかのように、息がぴったり合っていた。
「あら、昨日のお嬢さんもいるのね。それなら分かっているでしょう?―――助かりたいなら、私を殺すことよ」
 どうすれば笑えるのだろう―――彼女は自然な笑みを浮かべている。けれどどこか不気味なのは、彼女の身体から漆黒の薔薇が咲き誇っているからだろう。右目と左手、そして頭。それが飾りでないのは分かる。いくら動いても位置変わらなかったからだ。
 フェリシテは落ち着いて息を吐く。昨日練習した方法では、建物の上にいる彼女は被害を被らないだろう。
 両手を重ねるように目の前に差し出して、小さく呪文を唱える。そっと上へ持ち上げると、その炎はゆっくりとフェリシテの頭の辺りへ昇っていく。花魔女が訝しげに眉をひそめた。
 口の下に手を添えて、フェリシテは思いっきり息を吹きかけた。風にあおられながら、炎は花魔女へ近づいていく。花魔女はそれを避けようと身体を捻ろうとして―――出来なかった。
 彼女の足元には無数の氷の破片がある。フェリシテの炎を利用して、僅かに解かされた氷たちは、彼女の足元で再び凍りついたのだ。
 炎が花魔女を襲う。しかしそれが右手を覆いきるより前に、炎で氷は解けてしまった。それと同時に炎は風にあおられ、フェリシテの手のひらで果てていく。
「新人にしてはなかなかだわ。けれど、その程度で私を殺せると思わないで。貴方の炎や彼女の氷は、まだまだ未熟よ」
 彼女の衣服は多少焦げただけ。足についていた氷の影響も薄く、彼女の行動を妨げることはかなわない。フェリシテの攻撃はまだまだ弱かったのだろう、彼女は何事もなかったかのように立ち去っていく。
 そんな花魔女の去っていく姿を、フェリシテたちはただ呆然と見つめていた。