9:誰かのために

「フェリシテさん、明日からは仕事があるから、今日はもう寝ておいて」
 そうリアに言われ、教えられた部屋に向かうと、既に部屋は整えられていた。利用者を考えての事か、他の部屋より幾分質素なつくりだ。けれど手が抜けれていない。ベッドや机、椅子など、家具には一切の傷みや汚れが無い。新品のような香りはしないので、手入れを怠っていなかったのだろう。
 備え付けのクローゼットには、既に着る物が揃えられていた。幾分動きやすそうなデザインが多かったのは、きっと仕事のためだろう。リアが行っていた仕事の意味は、おぼろげに理解していた。花魔女を探して始末する、早い話がそういうことなのだろう。
「フェリシテ、ちょっといい?」
「シモン? どうかしたの?」
 慌てて扉を開けると、そこには一冊の本を抱えたシモンが立っている。招き入れると、彼は机の上に本を広げ、挟んであった紙をフェリシテへ差し出した。折りたたまれていたその紙は、まだ目新しい。
「君は読めないだろうが、セザールやユーグは読めるはずだから。さっき教えたものだけでは対処しきれないこともあるだろう。少し難しいものだけど、念のために書いておいたよ」
 簡単な説明と共に書き添えてあるという。フェリシテには読めなかったが、これも必要なものなのだろうと、快く受け取った。まだ実際に使ったことの無い自分が役に立つとは思えないのだが、それを口にするのは憚れた。
(いつまでこうやって、自由に過ごせるんだろう)
 ずっと家事を強いられてきたフェリシテにとって、学べる、挑戦できるという環境は今までに無く恵まれている。けれど一方で、期待された働きが出来なかったとき、自分はどうなるのかという恐怖が無いわけではなかった。
 ロドルフから聞いた話では、花憑きは決して長寿ではないらしい。個人差もあれば、もともとの魔力の量にもよるが、大抵5年ほどで開花してしまい、命を落とすという。
 リアによれば、それでも絶えずここには何人もの花憑きがやってくるというから、花魔女は島のあちこちで出現しているはずだ。運よく会えれば、少しでも傷を負わせられるだろうか。
(いつのまに、倒そうと思えたのかしら)
 決して恨みがあるわけではない。結果的に短命となろうと、きっとあのままの生活を続けていたのなら、もっと早くに過労で倒れていただろう。それを思えば、5年間自由に暮らせる方がはるかに幸せかもしれない。
 けれど、それを短いと思う人がいて、後悔する人がいる。その人たちの力に慣れるのなら、それほど幸せなことはない。
 結局他人の幸せを願わずにはいられないのだ。それがフェリシテにとっての生きがいなのだと、自分では思っている。