妄想少女と恋と。

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  05  

「わー! さっすが紗智だね! 有希夜ちゃん可愛い!」
「お世辞は結構、こけこっこー」
「おーい、有希夜生きてるかー?」
 紗智の仕上げた着せ替え人形・有希夜の完成を見たクラスメイトたちは、みんな褒め称えた。
 元が悪いと信じている有希夜は、「紗智ちゃんが自分で来たほうがいいのに」と口を尖らせたが、周囲にはその仕草さえ可愛く写るようだ。
 お世辞のような褒め言葉に適当に同じ言葉を返していると、近づいてきた小城に肩を揺らされる。周囲がお腹を抑えて笑っているのを見て、有希夜もつられて笑っている。
 やがて皆が盛り上がっていくと、有希夜はひそかに隅に座席を移した。比較的自由に座っていたことも合って、簡単に座席を移ることが出来た。
「有希夜、疲れたのか?」
「あ、桜庭くん。うん、ちょっとたくさん笑いすぎたみたい。みんな盛り上がってるし、その中で休むのは申し訳なくって。桜庭くんは?」
 桜庭は言葉を濁らせるように、曖昧に微笑んだ。有希夜は特に追求せず、手元にあったドリンクを口にしている。
「何度も誘ってごめんな。ずっと有希夜、周囲と話そうとしなかったし、小城ばかり話しかけてたからさ……。もう少し周囲を見て欲しかったんだ」
 有希夜は桜庭に対して、あまり良い印象を持っていなかった。
 何しろ毎度この集まりに誘ってきたし、その方法もかなり強引だった。私利私欲のために―――自分のイメージアップのために―――有希夜を利用しているのだと思っていたのだ。
 けれどその行動が、有希夜のためだった。それはとても意外なことである。
「ごめんね、この通りの変人だから……」
「そんなことないさ。……あのさ、有希夜って、好きな人とかいる?」
 一体何の話だろうと、有希夜は首をかしげた。
 彼は一体何が聞きたいのか。その言葉の意味は何なのか。
「今は考えてないの。よく分からなくて」
 答えてはならない、そんな気がしていた。
 桜庭の印象は以前より全く良い。その点に関しては何の不満も、恐れも抱いていない。ただ何か有希夜の中で、彼をそのような目で見ることは出来なかった。
「そうか。……俺はいるんだ。彼女は決して人付き合いが得意な方ではないけれど、俺は彼女に助けられたことがあるんだ」
「そうなの? 桜庭くんに好かれる子は、きっと綺麗な子なんでしょうね」
 彼は少し強引なところはあるが、彼自身はとても良い人だ。クラスメイトを良くまとめてくれるし、誰かが騒げばさり気なく注意する。そのときもきちんと言葉を選び、誰にとっても不快にならないように、常に気を遣っている人だ。
 そんな彼が好む人であれば、きっと綺麗な、もしくは可愛らしい女性だろう。
「容姿の問題じゃないって。人の好き嫌いは、それだけで決まるとは限らないんだぞ。有希夜はさ、誰か他の人とは違う感じの違和感のようなものを感じたことはないか?」
 有希夜はそのまま頷いた。深く考えずに否定した有希夜に、桜庭は少し苦笑している。そんな桜庭を見つめていると、少し困ったように言葉を続けた。
 有希夜は何も、言うことができない。彼の言葉を否定することも、拒むこともできなかった。
「そう、なのか。でも……有希夜が気になっていなくても、有希夜を気にしている人はいると思う。心当たり、ないか? ……例えば、自分ばかり気にかけてくれるとか」
(心当たりはあるわ。でも……そんなはずがないじゃない)
 有希夜は自分の容姿を良いものだとは全く思っていない。有希夜の妄想は、他人に対してのものであって、自己満足の類のものではないのだ。自分がそのような対象になるなど、考えたこともなかった。
 きっとこれは勘違いなのだろう。彼は少し有希夜をからかっているだけだ。少し遊び心で―――初々しい反応を楽しんでいるに違いない。ここははっきりと、否定しなければ。
「心当たり、あるのか。それは……」
「悪いけれど、桜庭くんのことはそんな風には」
 有希夜が声を低くして言うと、桜庭は困った顔をする。そしてゆっくり首を振った。
 違う。そうではなくて、彼が聞きたいのは自分のことではない。
 彼の仕草は、それを暗に示している。自分の中でもそうだろうと思えた。けれどそれが誰であるか、有希夜には分からなかった。
「よく考えてみるといい。有希夜にはもう、答えが見えているはずだ。ヒントを言うなら、えっと、例えば―――名前の呼び方とか、だな」
 ああそういえば、彼が名前を呼び捨てたときはあれほど嫌悪していたのに、そんな感情を抱かなかった相手がいた。
 胸の中で封じていた感情が、一気に舞い戻ってくるように、胸が苦しくなる。
 今まで感じたことのない感情に、有希夜は戸惑っていた。
「有希夜? 変な顔して、どうしたんだ? あれ、桜庭?」
 彼が近寄ってきて、桜庭が離れていく。
 それが、答えなのだろう。
 いつもこうやって、独りの有希夜に構ってくれていたと、思い返した。
「ねぇ、小城。……私って小城のこと、好きなのかな。これって、妄想じゃないのかな」
 頬を熱い涙が伝う。なぜ涙が出るのか分からずに、有希夜は小城の服を、遠慮がちに引っ張った。
 小城はゆっくりと有希夜のことをなだめながら隣に座って、小城は笑った。
「例え妄想でも、そんなこと言ったら誰だって期待するだろう。俺が離したくなくなったらどうしてくれる?」
 必死に涙を拭って、顔を上げる。そこには少し顔を紅くした、小城がいた。
「離さないで。たぶん妄想じゃないから」
 強く小城を抱き締めて―――そのにおいに安堵して、有希夜は顔を上げた。
 周りでクラスメイトが、必死に顔を背けていることも知らずに、しばらく有希夜は小城から離れられなかった。
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